特定秘密保護法案に反対する会長声明 

政府は、平成25年10月25日、特定秘密の保護に関する法律案(以下、「本法案」という。)を国会に提出した。

 

当会は、以下の理由により、本法案の成立に強く反対するものである。

  1.  本法案は、憲法上保障された国民の知る権利を侵害するものである。
     「知る権利」は、まさに、国民主権を支える極めて重要な権利であり、それゆえに、国政に関する重要な情報は、本来主権者たる国民が共有すべきものである。そうであるからこそ政府が保有する情報は、主権者である国民の「共有の知的資源」(公文書管理法第1条)として、国民に公開されることが原則とされなければならない。公開することが適切でない情報が,仮に存在するとしても、その範囲は極めて限定されなければならない。
     さらに、特定秘密は行政機関が指定権限を有することから、時の権力者にとって都合の悪い情報が特定秘密に指定されるおそれがある。こうした恣意的な指定がなされた場合には、国政判断に関する重要な情報が、国民に対して秘匿されることになる。
  2.  「特定秘密」の指定範囲が広範かつ不明確であり、恣意的指定を監視する機関も存在しない。
     本法案は、規制対象となる秘密(特定秘密)の範囲を、(1)防衛に関する事項、(2)外交に関する事項、(3)外国の利益を図る目的で行われる安全脅威活動の防止に関する事項、(4)テロ活動防止に関する事項の4分野として、別表において項目を列挙しているが、いずれも、包括的かつ網羅的な規定となっており、「特定秘密」の範囲は、広範かつ不明確である。
     しかも、特定秘密の指定権者は、行政機関の長とされており、行政機関の長による指定をチェックする中立な立場の第三者の監視体制も存在しない。したがって、行政機関の恣意的な判断によって、本来秘密とされるべきではない情報が特定秘密に指定され、合法的に隠蔽される危険がある。
  3.  本法案は、特定秘密の内容が不明であるだけでなく、特定秘密の取得行為も処罰の対象としている。その取得行為の概念も幅広いものであるため、処罰の対象となる行為は著しく広がる危険性が高い。
     そのような処罰規定では、報道関係者による取材・報道の自由に対する制約となり、ひいては国民の知る権利、表現・言論の自由が大幅に後退することを危惧しなければならない。
     本法案は「国民の知る権利の保障に資する報道又は取材の自由に十分配慮しなければならない。」旨の規定があるが、かかる抽象的な訓示規定では報道、取材の自由が担保される保障は何もない。
  4.  本法案は、前述のように、取得が禁止される特定秘密の概念自体が過度に広範かつ不明確であり、国民には、いかなる情報が処罰の対象となる特定秘密であるかを認識するのは極めて困難である。
     また、刑罰法規を受ける取得行為たる「その他の特定秘密を保有する者の管理を害する行為」とは、いかなる行為を対象とするものなのか、抽象的で不明確な内容となっており、国民が、処罰対象行為を予測することは困難を極める。
     加えて、教唆、共謀、煽動、過失による漏えいなど規制対象の行為類型も多岐に及んでおり、ただでさえ広範かつ不明確な処罰範囲を、より一層不明確にするものであるばかりか、教唆、共謀、扇動については、実行の着手を要件としておらず、何ら法的侵害の具体的危険がない段階での処罰を可能とするものであって、実行の着手以降を処罰するという近代刑法の原則に反するものである。
     以上のように、本法案は、刑罰法規の明確性を求める罪刑法定主義の観点から、憲法上、重大な疑義がある。
  5.  刑事被告人に憲法上保障されている公平な裁判を受ける権利の点でも重大な疑義がある。
     特定秘密は、法廷に提出することは予定されておらず、ただ証拠開示の裁定がなされたときに、裁判官に対してのみ厳格な要件の下に提供されることになるが、特定秘密は証拠として開示されることはない。この場合、特定秘密の存在を「外形立証」のみで判断することになり、刑事被告人は、自身がどのような事実で処罰されているのかさえ分からず、十分な防御もできないままに、裁判を進行させざるをえない。
     これは、刑事被告人に対し、著しく不利な裁判となり、公平な裁判を受ける権利を奪われることになり、憲法上、重大な問題があると言わざるを得ない。
  6.  本法案は、特定秘密の流出防止のため、特定秘密情報を取扱うことが適切な職員を選定するために、「適性評価制度」を導入するものとしている。
     具体的には、本法案は、特定秘密の取扱いを行う職員に関し、当該職員のみならずその家族、同居人の氏名・生年月日・国籍・学歴・住所、飲酒の節度、経済的信用状態、外国への渡航暦、日本国の利益を害する活動への関与という広範な個人情報の収集を予定している。このような個人情報の調査は、本人のみならず、その関係者のプライバシー、思想・信条の自由への侵害の危険性が高い。
     適性評価基準の公開も予定がされていないために、恣意的、人権侵害的な調査を排除することができない。
  7.  本法案では、国権の最高機関である国会に特定秘密を提供できるかは行政機関の判断に委ねられており、厳格な要件の下に提供できるものとされている。
     しかし、特定秘密を知った国会議員への処罰も予定されていることから、特定秘密に接触し、行政機関への追及活動を行う国会議員の活動も制限されることとなってくる。このように、国会に対する特定秘密の提供範囲を著しく限定すると、国会における自由な討議や国政調査権の行使による行政権へのチェック機能を損ねるものであって、憲法上予定される国会の高度な自律性が失われるおそれがある(立法権の侵害)。
  8.  秘密指定の期間についても5年を超えない範囲としているが、更新できることとなっており、その更新に制限が設けられていないため永久に秘密指定ができることになる。30年を超えるときは内閣の承認が必要であるが、承認があれば永久に秘密として国民に秘匿できるのである。
  9.  本法案を制定する立法事実はない。
     秘密保全法制に関する有識者会議作成の「秘密保全のための法制の在り方について(報告書)」(平成23年8月8日公表。以下、「有識者会議報告書」という。)において、秘密保全法制の立法事実とされている主要な事実のうち、唯一実刑判決がなされているものは、ボガンチョコフ事件のみである。ボガンチョコフ事件後、防衛省において、私用パソコン等での業務用データの取り扱いの禁止、ファイル暗号ソフトの導入等がなされ、情報管理体制を強化するとともに、職員の教育、身上把握を充実させている。また、自衛隊法の改正がなされ罰則が強化されている。
     これらの措置を講じて以降、同種の事案は再発しておらず、新たに秘密保護法制を制定する必要はない。

 

以上のとおり、本法案の危険性は極めて高いものであり、当会は、本法案に強く反対する。

 

2013(平成25)年11月19日
静岡県弁護士会
会長 中村 光央

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