取り調べの全過程の可視化を求める会長声明 

わが国における刑事裁判は、長年にわたって、いわゆる精密司法の名の下に、供述調書偏重の裁判が行われ、多くのえん罪が生み出されてきた。当県で起こった島田事件やこの数年の間における志布志事件、氷見事件、足利事件、布川事件、厚労省元局長無罪事件等をはじめとする著名なえん罪事件の多くで、虚偽の自白調書が作成され、裁判所はこれを有罪認定の根拠としてきたのである。

虚偽の自白調書が作成される最大の原因は、被疑者の取り調べの際に、弁護人の立会いが排除され、捜査官と対象者のみが密室内にいる状態で、捜査官が国家権力を背景に対象者を糾問する方法によりなされることにある。そして、我が国においては、捜査段階において、最大23日間の身体拘束が可能となっているところ、このような長期の身体拘束は、一般人の日常生活を破壊するには十分なものであり、捜査官による威圧や利益誘導の力の源泉となっている。

この点、法制審議会新時代の刑事司法制度特別部会(以下「特別部会」という。)の審議において、取り調べの可視化に向けた議論がなされ、その検討が終盤にさしかかっている。2014年(平成26年)2月14日の同部会第23回会議で明らかにされた「作業分科会における検討結果(制度設計に関するたたき台)」(以下、「たたき台」という。)においては、取り調べの全過程について録画・録音を義務づけつつも、対象事件を裁判員裁判の身柄事件に限定し、さらに、その上でも、一定の場合には、録画・録音をしないことができるとする案が示されている。この対象事件を裁判員裁判の身柄事件に限定した場合には、取り調べの録画・録音の対象事件とされるものは全事件の僅か2%程度でしかなく、到底、取り調べの可視化という社会全体の要請に応えるものではなく、例えば、厚生労働省郵便不正事件も、誤認逮捕された人が虚偽自白をしたPC遠隔操作事件も、痴漢事件も取り調べの録画・録音の対象にならない。

この案の論拠は、全事件を録音・録画の対象とすると、対象となる取り調べが膨大な数に上ることなどから必ずしも現実的でなく、録音・録画の必要性が高い重大事件・身柄事件を対象とするのが相当であるというものである。しかしながら、微罪であればあるほど、捜査官が身体拘束を盾に被疑者を威圧したり、利益誘導を行ったりして、虚偽自白を迫る可能性は高いし、身体拘束を受けていない者には、身体拘束によって自らの生活を破壊されることは、最大の恐怖である。多数の町民が任意の取り調べ下において、違法・不当な取り調べを受けたことが明らかになった、いわゆる志布志事件の例を見るまでもなく、軽微な事件や身体拘束を受けていない者の取り調べについて、録画・録音を実施しなければ、制度が骨抜きになってしまう可能性が高い。取り調べの可視化の目的が供述偏重によるえん罪を防ぐというものであり、それは事件の軽重にかかわらないのであり、「たたき台」ではこの目的は全く達せられない。

この「たたき台」を基本とする作業部会案に対しては、平成26年3月7日に開かれた法制審議会新時代の刑事司法制度特別部会第25回会議において、村木厚子厚生労働事務次官ら5名の委員が連名で、可視化の対象範囲は原則全事件にすべきであるとする意見書を提出した。これは、現在の同部会での議論の方向性が、全事件について取り調べの全面可視化という初期の目的から離れているという危機感からなされたものである。当会は、同意見書の提言が、取り調べの可視化について正鵠を射たものであり、これに全面的に賛意を表する。

当会は、えん罪の防止並びに適正手続の保障との観点から、これまでにも取り調べの可視化を求めてきたが、その必要性が強く求められる現在、改めて、被疑者が身体拘束を受けていない事件を含めたすべての事件を対象とし、捜査機関の恣意を排除した、取り調べの全過程の可視化を強く求めるものである。

 

2014(平成26)年3月24日
静岡県弁護士会
会長 中村 光央

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