「通信傍受法の拡大・要件緩和」及び「捜査・公判協力型協議・合意制度の導入」を含む刑事訴訟法等の一部を改正する法律案に強く反対し撤回を求める声明 

  1. 2015年1月26日に召集された第189回通常国会において,「通信傍受法の拡大・要件緩和」及び「捜査・公判協力型協議・合意制度の導入」を含む刑事訴訟法等の一部を改正する法律案(以下「本法律案」という。)が審議された。本法律案は,同年8月7日に衆議院で可決されたが,同年9月27日の閉会までの間,参議院法務委員会では法案の趣旨説明が行われたのみに止まり,具体的な審議に入ることなく継続審議に付された。

    本法律案は,2014年7月9日の法制審議会新時代の刑事司法制度特別部会が答申し,同年9月18日の法制審議会総会で承認された内容に基づいている。

    そもそも上記特別部会は,捜査機関が違法・不当な捜査を行ってきたことにより,多くの冤罪被害が発生したことに対する反省を機に,刑事司法制度の見直しをするために設置されたはずであり,刑事司法改革にあたっては,憲法の求める人身の自由と適正手続の保障が貫徹され,冤罪発生の防止に資する制度を構築するような方向性が目指されなければならなかった。

    静岡県弁護士会は,上記特別部会がこの設置目的から大きく後退したうえに,法制審が捜査機関の要求を受け容れて答申をしたことを強く批判し,法案化に反対してきたが(2014年6月17日付け法制審議会新時代の刑事司法制度特別部会における事務当局試案に反対する声明),あらためて本法律案の問題点を明らかにし,本法律案の撤回を求めるものである。

  2.  

  3. 通信傍受法の「改正」は,①対象犯罪を従前の4類型の組織犯罪(薬物,銃器,密航,組織的殺人)から,傷害を含む身体犯,窃盗,詐欺,恐喝といった財産犯にまで大幅に拡大するとともに,②通信傍受の手続について,通信事業者が通信の内容を暗号化し捜査機関に伝送するという方式により通信事業者の立ち会いを不要とし,捜査機関の施設で通信傍受を行えるようにすることを認めることによって,捜査機関にとって使い勝手のよい通信傍受にしようとするものである。

    しかし,現行の通信傍受法は,通信の秘密・国民のプライバシーを侵害し違憲であるという国民の反対運動のもと,対象犯罪は組織的犯罪の4類型に限定するとともに,通信事業者の立会い要件が課されて立法化されたという経緯がある。

    これに対し,本法律案は,通信傍受の対象を一般犯罪にまで広げ,かつ立会要件を骨抜きにするという点で,単なる「改正」にとどまらず,通信傍受法の立法目的そのものを変質させるものにほかならない。元々,違憲の疑いの強い制度であるが,「改正」によって通信傍受の対象となる会話,メール等の量は膨大なものとなり,国民のプライバシー侵害が引き起こされる危険性は格段に大きくなる。

    また,「数人の共謀」,「あらかじめ定められた役割の分担に従って行動する人の結合体」という要件が課されているが,これは通信傍受の対象を組織的犯罪のみに限定するものではなく,通信傍受対象の拡大の歯止めとはなり得ない。むしろ,捜査機関が何らかの犯罪を「共謀」している疑いがあると決めつけ,様々な市民団体の運動を広く通信傍受の対象とされるおそれがある。

    通信傍受法の「改正」は,捜査機関が通信傍受を通じて国民の動向を監視する「監視社会」をもたらし,かつ市民運動への不当な介入・弾圧の契機として利用されかねないものであって,断じて許されない。

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  5. 捜査・公判協力型協議・合意制度は,捜査対象となっている被疑者・被告人が,自分の知っている「他人の犯罪事実」に関する供述や証拠を検察官に提出するかわりに,自分の犯罪について不起訴処分や軽い罪での起訴などの便宜を図ってもらうという制度である。この制度の対象となる犯罪は,文書偽造,有価証券偽造,贈収賄,詐欺,恐喝,横領,独占禁止法違反等の経済犯罪まで多岐にわたっている。

    捜査・公判協力型協議・合意制度は,捜査機関が被疑者を利益誘導して虚偽の自白や証言を獲得する手段として利用される可能性が高い。その結果,無実の第三者の「引っ張り込み」の危険や,共犯者への責任のなすりつけといった事態を生み出す危険性が高く,新たな冤罪の温床になりかねない。

    合意には弁護人の同意が必要とされているが,弁護人が「他人」の犯罪について的確な判断ができるとは考え難い。さらに,合意するという形で弁護人が他人の犯罪立証に制度的に組み込まれ,場合によっては冤罪に加担させられかねないという点で,刑事弁護そのものの変質につながりかねない危険がある。

    また,虚偽の供述によって合意をした場合には,刑罰(5年以下の懲役)を科すこととしている。しかし,いったん合意をしてしまえば,合意をした者は,たとえそれが虚偽の供述であったとしても,罰則をおそれて真実を言うことができなくなってしまう。刑罰規定によって,供述の真実性が担保されるどころか,かえって真実を証言することができなくなる危険性があるのである。

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  7. 本法律案には,取調べ過程の録音・録画の義務づけ(可視化),証拠の一覧表開示など,一定の「改善」点が含まれている。しかし,可視化の範囲は刑事事件の約2%に限られているうえ,広範な例外規定が設けられている。証拠開示についても,公判前整理に付された事件について一覧表の交付を義務づけるだけである。

    しかも,本法律案は,このような「改善」点と通信傍受法拡大,捜査・公判協力型協議・合意制度の導入などの性格の異なる問題を一括して法案としていた。しかし,本法律案に含まれている「改正」内容は,一つ一つがそれぞれ独自に国会で審議されるべきものであり,一括して審議し,採択するようなものではない。とくに,通信傍受法の拡大と捜査・公判協力型協議・合意制度の導入は,国民的な議論と合意がないまま,法制審答申に織り込まれたものであり,本来,法案化する前提条件を欠くものと言わざるを得ない。一括法案という提案方法自体が国会の審議を蔑ろにするものといわざるを得ない。

  8.  

  9. 静岡県弁護士会は,監視社会をもたらす通信傍受法の拡大と新たな冤罪を生み出すおそれのある捜査・公判協力型協議・合意制度の導入を含む本法律案に強く反対し、撤回を求める。

 

2015(平成27)年11月27日
静岡県弁護士会
       会長 大石 康智

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