民事法律扶助事業に対する抜本的財政措置を求める決議 

平成12年4月21日民事法律扶助法が制定された。

その目的は、憲法に定める基本的人権としての「裁判を受ける権利」を経済的弱者にも実質的に保障することである。

そして、この法律において、法律扶助事業の実施について国の責務が定められ、財団法人法律扶助協会が民事法律扶助事業の実施の指定を受け、漸くわが国においても、法律と国の予算により裏付けられた扶助事業がスタートした。

しかし、未だ事業内容が不十分であるため、去る3月19日閣議決定された司法制度改革推進計画においても、刑事扶助を含め改革の重要項目とされ、なかんずく、民事法律扶助制度について一層充実するための所要の措置を講ずることとされている。

民事法律扶助法の施行後、民事事件の代理援助は、平成12年度20,098件、平成13年度29,854件と激増した。

しかし平成13年度の実情は、財源不足のため、年度末には法律扶助協会の各支部において受付窓口を閉鎖したり、全国30以上の支部で自己破産の利用を制限したり、申込みは受け付けても扶助決定を4月以降とするなどの状況を呈するに至り、法律扶助協会静岡県支部においても、同様な措置をとらざるを得ない状況に追い込まれた。

そこで、財団法人法律扶助協会は法務省に対し、平成14年度の民事法律扶助事業の補助金として66億円余の予算要望を行ったが、平成14年度の予算は要望額の半額以下の約30億円しか認められなかった。

しかしながら、30億円の国庫補助金では償還金等を加算しても平成13年度の事件数にしか対応できず、代理援助の件数が40,000件に近づくことが予測されている平成14年度は、全国の各支部で、年度途中での財源不足を理由とする援助申込受付の中止という、前年度以上に深刻な事態が生ずることが予想され、このままでは民事法律扶助制度は破綻し、経済的弱者の司法へのアクセスが閉ざされることとなる。

国の財政措置の遅れによって、国民の裁判を受ける権利の行使が妨げられることがあってはならないし、民事法律扶助法が制定された精神にも著しく反するものである。

そこで当会は国に対し、国民の裁判を受ける権利を保障し利用しやすい司法を実現するために、民事法律扶助事業に対する補正予算を計上するなど、直ちに必要な財政措置を講ずることを強く求めるものである。

以上のとおり、決議する。

平成14年5月31日
静岡県弁護士会
会長  塩沢 忠和

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提案理由

  1.  民事法律扶助法の制定と国の責務
     民事法律扶助法は、平成12年4月21日に成立し、同年10月1日より施行された。
     同法第3条は、国の責務として、「国は、民事法律扶助事業の適正な運営を確保し、その健全な発展を図るため、民事法律扶助事業の統一的な運営体制の整備及び全国的に均質な遂行のために必要な措置を講ずるよう努めるとともに、その周知のために必要な措置を講ずるものとする」と定めている。
     また、同法第6条は、指定法人の義務として、「指定法人は、民事法律扶助事業の統一的な運営体制の整備及び全国的に均質な遂行の実現に努めるとともに、第二条に規定する国民等が法律相談を簡易に受けられるようにする等民事法律扶助事業が国民らに利用しやすいものとなるよう配慮しなければならない」としている。
     従って、指定法人が同法の定める義務を履行するためには、その時代の国民の司法に対する需要に見合った事業費の確保はもとより、全国の支部組織の強化が急務となっていることから事務費についても十分な補助金が交付されなければならない。
     なお、同法案の採決に際し、衆議院法務委員会は、付帯決議で、「政府は、指定法人が民事法律扶助事業の統一的な運営体制の整備及び全国的に均質的な運営が行えるよう、財政措置を含む必要な措置を講ずるようつとめること」とし、参議院法務委員会の付帯決議でも、政府に対し、「民事法律扶助制度が憲法三二条の裁判を受ける権利を実質的に保障する制度であることにかんがみ、財政措置を含む民事法律扶助制度の拡充に努めること」を求めている。
     このように、民事法律扶助法に基づく法律扶助事業に対しては、国が十分な財政措置を講ずることが当然の前提とされているのである。
  2.  民事法律扶助法施行後の状況と国の予算措置
     平成12年10月1日から民事法律扶助法が施行され、新しい法律扶助事業がスタートしたが、この数年度における事業及び国庫補助金の推移は、次のとおりとなっている(財団法人法律扶助協会調べ)。
    1. (1) 民事法律扶助事業の推移 (件数)
      平成11年度 平成12年度 平成13年度 平成14年度
      (予定)
      代理援助 12,744 20,098 29,854 30,600
      書類作成援助 -  163  979 1,600
      法律相談援助 22,362 35,505 52,000 61,650
    2. (2) 国の補助金の推移      (単位:千円)
      平成11年度 平成12年度 平成13年度 平成14年度
      事業費 909,781 1,842,648 2,432,251 2,632,614
      事務費 -  299,439  389,455  350,272
      広報宣伝委託謝金 3,060   17,404   33,241   15,572
      合計 912,841 2,159,491 2,854,947 2,998,458

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    これによると、国庫補助金の伸びは、法施行時に代理援助件数の伸びを超えたものの、平成13年度は代理援助の伸びが48.5%であるのに対し、年度当初の補助金の伸びは20.2%増にとどまった。

    そのため、財団法人法律扶助協会では、平成13年秋の段階で資金難から扶助事件決定を中止せざるを得ない状況に立ち至った。

    同年秋の補正予算において、2億8,000万円が追加されたことにより、同協会の事業は、かろうじて急場をしのぐことができたが、その後も特に自己破産件数の伸びはすさまじく、平成13年度(平成14年3月)末での推計は22,387件に達する見込みとなり、ついに同協会は、平成14年1月、全国の50支部について援助件数の上限枠を設定する措置を講じた。その結果、各支部では、利用を制限したり、受付窓口を閉鎖するなどの対応をとらざるを得ないという異例の事態となった。

    例えば、同協会和歌山支部では同年1月から受付を中止し、4月まで待機措置を取ったとのことであり、東京、大阪、京都、兵庫、奈良などの各支部でも自己破産の利用を一部制限し、申込みは受付けても決定を4月以降としたり、同様の措置を講じた支部が、当県支部を含め、次のとおり全国に広がる傾向を見せた。

    1. (1) 自己破産の援助を生活保護受給者に限定、または援助要件を厳格にした支部
      東京、茨城、栃木、群馬、静岡、大阪、京都、滋賀、愛知、岐阜、福井、 広島、山口、福岡、長崎、大分、熊本、鹿児島、宮崎、仙台、福島、山形、 岩手、秋田、札幌、函館、旭川、香川、徳島(29支部)
    2. (2) 自己破産の援助を申込みは受付けても決定を4月以降とした支部
      東京、神奈川、埼玉、千葉、静岡、山梨、長野、新潟、大阪、京都、兵庫、奈良、愛知、三重、岐阜、福井、石川、富山、岡山、島根、福岡、佐賀、長崎、大分、宮崎、沖縄、仙台、福島、山形、秋田、青森、札幌、函館、旭川(34支部)

    また、同協会は法務省に対し、平成14年度の民事法律扶助事業の補助金として66億円余の要望をなし、法務省は36億円の概算要求を求めたものの、内閣府及び財務相の査定を受け、平成14年度の国庫補助金は約30億円とされ、結果として大幅に圧縮された。

    しかしながら、30億円の国庫補助金では、償還金等を加算しても平成13年度の事件数にようやく対応できる程度であり、代理援助の件数が40,000件に近づこうとしている平成14年度においては、早ければ秋の時点で同協会のかなりの支部で援助申込受付の中止という深刻な事態となることが予想される。

    これに対し、日本弁護士連合会・各弁護士会及び個々の弁護士からの同協会に対する資金援助、寄附などにも限界があり、指定法人たる財団法人法律扶助協会による民事法律扶助事業の運営は、極めて厳しいものとなっている。

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  3.  司法制度改革と民事法律扶助制度
     平成11年7月、内閣のもとに設置された司法制度改革審議会は、2年にわたる審議を経て、平成13年6月、意見書をとりまとめたが、そこではわが国の法律扶助制度が「欧米諸国と比べれば、民事法律扶助事業の対象事件の範囲、対象者の範囲等は限定的であり、予算規模も小さく、憲法第32条の『裁判を受ける権利』の実質的保障という観点からは、なお不十分と考えられる」と指摘し、「民事法律扶助制度」については、対象事件・対象者の範囲、利用者負担の在り方、運営主体の在り方等について、更に総合的、体系的な検討を加えた上で、一層充実すべきである」と提言した。
     その上で、同意見書は「今般の司法制度改革を実現するためには、財政面での十分な手当が不可欠であるため、政府に対して、司法制度改革に関する施策を実施するために必要な財政上の措置について、特段の配慮をなされるよう求める」とまとめている。  このことをふまえ、平成14年3月に閣議決定された「司法制度改革推進計画」においては、「民事法律扶助制度について、対象事件・対象者の範囲、利用者負担の在り方、運営主体の在り方等につき更に総合的・体系的な検討を加えた上で、一層充実することとし、本部設置期限までに、所用の措置を講ずる」ことが明記された。
     従って、国は、平成16年11月末日までに、民事法律扶助制度について財政上の措置を含む所要の措置を講じなければならないこととされたのである。
  4.  民事法律扶助事業に対する抜本的財政措置を講ずる必要性
     国は、今次の司法制度改革を「明確なルールと自己責任原則に貫かれた事後チェック・救済型社会への転換に不可欠な、国家戦略の中に位置づけるべき重要かつ緊急の課題であり、利用者である国民の視点から、司法の基本的制度を抜本的に見直す大改革」としている。
     民事法律扶助法に基づき、スタートした法律扶助制度は、今次の司法制度改革の議論の過程において先行実施されたいわばモデルケースであり、その成否は司法制度改革全体の性格を決定づける極めて重要な意義をもつものである。
     その意味で、国は、民事法律扶助事業が財政難を理由にとん挫するような事態を断じて招いてはならないというべきである。
     しかしながら、内閣のもとに設置された司法制度改革審議会及び司法制度改革推進本部の上記のような意見にもかかわらず、民事法律扶助事業に対する国庫補助金の決定のプロセスと結果を見る限り、国は国民の「裁判を受ける権利」を保障することを放擲しようとしているといわざるを得ない。特に、内閣府及び財務省は司法制度改革と法律扶助制度改革の意義を求めて確認し、必要な予算の確保に努めるべきである。
     また、上記2に述べたとおり、現に法的援助を求める多数の国民が存在するのであり、それを財源不足を理由に放置することは、民事法律扶助法に定める国の責務を放棄するに等しい。
     よって当会は、民事法律扶助事業に積極的に取り組んでいる立場から憲法が保障する国民の「裁判を受ける権利」を実行あるものとし、利用しやすい司法を実現するために、国に対し、民事法律扶助事業に対する抜本的な財政措置が速やかに講じられることを強く求め、本決議を提案する次第である。

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