弊害1 裁判を利用できず、泣き寝入りを強いる結果となります
裁判の結果が裁判をする前から分かっていればともかく、実際の裁判では判決が出されるまで勝敗の見通しはつかないのが普通です。訴える側にしてみれば、「自分が正しいのだから勝つに決まっている」と思われるかもしれませんが、相手にもそれなりの言い分があるのですから、必ず勝てるとは限りません。
たとえば、商品の欠陥や医療過誤によって損害が生じたような場合でも、商品の欠陥や医療のミスを立証するのは容易ではありませんから、敗訴のリスクは高くなります。このような場合に相手の弁護士費用まで負担しなくてはならないとなると、まさに「泣きっ面に蜂」ということになります。
弁護士費用の敗訴者負担制度が導入されれば、多くの人が裁判に踏み切れなくなり、泣き寝入りしたり、不本意な解決をしたりするようになります。
弊害2 弱気をくじき、強きを助けることになります
市民や中小企業にとっては、弁護士費用は経済的に大きな負担です。一方、潤沢な資金を持つ、国や大企業、団体等には弁護士費用の負担は大した問題ではありません。それが、敗訴した場合に相手の弁護士費用まで負担しなくてはならないとなれば、万が一の敗訴した場合のことも考えないわけにはいきません。
したがって、市民や中小企業など、経済的弱者であればあるほど、裁判の敷居が高くなることになります。
弊害3 正義の実現と社会の改革を妨げます
消費者敗訴、労働敗訴、住民敗訴、公害・環境敗訴、医療敗訴、製造物責任敗訴、株主代表敗訴等々、およそありとあらゆる分野で、裁判の積み重ねやこれに注目する国民の正論、市民運動などによって、判例が変更されたり、法律が改正されたり。また行政の取り扱いが変更されるのなど、被害者の救済がなされ、社会正義が現実されてきました。
このような事件の中には、正論に訴えるために半ば敗訴を覚悟して提起するようなケースもあります。しかし、敗訴した場合に相手の弁護士費用まで負担しなければならないとなれば、敗訴を覚悟で裁判に訴えるという人はほとんどいなくなり、裁判によって社会の弊害を改善することができなくなってしまいます。 |