地方自治法改正案に反対する会長声明 

政府は、2024年(令和6年)3月1日、地方自治法の一部を改正する法律案(以下「改正案」という。)を閣議決定し、国会に提出した。

改正案は、現行地方自治法に新たに「国民の安全に重大な影響を及ぼす事態における国と普通地方公共団体との関係等の特例」という章を新設し、大規模な災害や感染症のまん延など、国民の安全に重大な影響を及ぼす事態が発生した場合、個別の法律上の根拠がなくても、閣議決定で国が地方自治体に対してその事務処理について国民の生命等の保護を的確かつ迅速に実施するため講ずべき措置に関し必要な指示を行うことができることなどを定めている(改正案第14章)。

しかしながら、以下に述べるとおり、改正案には、地方自治体の自治事務に対して国の指示権を過大に広範囲に認める点で大きな問題がある。

  1. 1.日本国憲法と地方分権一括法

    日本国憲法は、地方自治について独自の章を設け、地方自治を制度として保障しているところ、地方自治の本旨は、地方自治が住民の意思に基づいて行われるという民主主義的要素である住民自治と、地方自治が国から独立した団体に委ねられ、団体自らの意思と責任のもとでなされるという自由主義的・地方分権的要素である団体自治にある。

    2000年(平成12年)に施行されたいわゆる地方分権一括法により、現行地方自治法は、国と地方自治体との関係を「対等協力」関係とし、国の地方自治体への関与については、法が定める関与のあり方に従わなければならず(一般法主義、現行地方自治法245条の3)、その関与は必要最小限度にとどめなければならない(必要最小限度の原則、同条第1項)などの一般原則を定めた。そして、国の地方自治体に対する関与は、法定受託事務については一定の場合に国の一般的な指示権が認められたが、自治事務については、地方自治体の自主性尊重の見地から、国が指示を行えるのは「国民の生命、身体又は財産の保護のため緊急に自治事務の的確な処理を確保する必要がある場合等特に必要と認められる場合」という極めて例外的な場合(同245条の3第6項)に限定され、かつ個別法で規定する必要があるとされた(同245条の2)。

    上記のような現行地方自治法の各規定は、まさに日本国憲法で定められている住民自治及び団体自治という地方自治の本旨に沿うものである。

  2. 2.改正案の問題点

    これに対して、今回の改正案については、以下に述べるような問題点がある。

    1. (1)改正案によれば、個別の法令上の根拠がない場合においても自主性を尊重すべき自治事務について国が指示を行うことができることとなるだけでなく、改正案には現行地方自治法245条の3第6項の「緊急に」との要件がなく、また、国民の安全に重大な影響を及ぼす事態が実際に発生した場合のみならず、「発生するおそれがある場合」にも指示権を行使し得るとするなど、国が指示権を行使できる場面を大幅に拡大しており、地方分権改革の理念を後退させるとともに、日本国憲法の地方自治の本旨から問題があるといわざるを得ない。
    2. (2)また、改正案が規定する「国民の安全に重大な影響を及ぼす事態」や「発生するおそれがある場合」という文言は漠然としており、恣意的な運用がなされるおそれも否定できない。
    3. (3)さらに、改正案の立法事実にも疑問がある。政府は、「コロナ禍の下で感染症対策について国と地方自治体との間で調整が難航するなどの課題が表面化した」ことなどを改正案の立法事実としている。しかし、感染症においては、感染症法63条の2で厚生労働大臣が都道府県知事に対し必要な指示を行うことができるとされている。その上、コロナ禍で適用された新型インフルエンザ等特別措置法に規定された地方自治体の事務は法定受託事務とされ、国に指示権が認められていた(同74条)。したがって、「コロナ禍の下で対応の調整が難航」した原因と、国の地方自治体への指示権の有無に関連性があるとはいえず、改正案の必要性を裏付ける立法事実は存在しない。 加えて、自然災害においても、災害対策基本法28条等で国の指示権が規定されているのであるから、大規模な自然災害を理由に地方自治法を今回改正する必要性は、見出し難い。 そして、自然災害や感染症への対応については、刻一刻と変化する現場の状況に応じて対策を迅速に検討し実施することが求められるが、その判断に必要な情報を有しているのは、国ではなく、むしろ現場で事態に直面している地方自治体であることが多い。したがって、大規模な自然災害や広範囲に及ぶ感染症のまん延の際に、国に求められるのは、むしろ当該地方自治体等から寄せられる多数の情報の収集及び整理・共有と、当該地方自治体への後方支援などであって、必ずしも地方自治体の上に立って指示を行うことではないのである。

    よって、当会は、本改正案に反対するものであり、政府に対し法案の国会提出に抗議するとともに、国会に対し地方自治の理念を踏まえた慎重な審議を求める。

    2024年(令和6年)4月26日
    静岡県弁護士会
    会長 梅田 欣一

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