最高裁判所第一小法廷(小池裕裁判長)は,2019年(令和元年)6月25日,いわゆる大崎事件(以下「本件」という。)第三次再審請求事件(請求人原口アヤ子氏)の特別抗告審において、職権により,鹿児島地方裁判所の再審開始決定(原々決定)及び再審開始を維持した福岡高等裁判所宮崎支部の即時抗告棄却決定(原決定)を取り消し,再審請求を棄却する旨決定した。
本件は,1979年(昭和54年)10月,原口アヤ子氏が,原口アヤ子氏の元夫,義弟の計3名で共謀して被害者を殺害し,その遺体を義弟の息子も加えた計4名で遺棄したとされる事件である。そして,原口アヤ子氏が逮捕時から一貫して無罪主張をしていたにもかかわらず,確定審において,「共犯者」とされた元夫,義弟,義弟の息子の3名の自白,自白で述べられた犯行態様と矛盾しない法医学鑑定,共犯者の親族の供述等を主な証拠として,原口アヤ子氏に対し懲役10年の有罪判決が下された。
これに対して,原口アヤ子氏は,第一次再審請求審において,2002年(平成14年)3月26日,再審開始決定を勝ち取った。しかし,検察官の即時抗告により同決定が取り消され,その後の特別抗告審においても再審請求棄却が維持された。また,第二次再審請求においても再審請求が棄却され,再審への扉は閉ざされていた。
しかし,第三次再審請求審において,鹿児島地方裁判所(冨田敦史裁判長)は,2017年(平成29年)6月28日,新証拠である法医学鑑定人,供述心理学鑑定人の証人尋問のみならず,証拠開示についても積極的な訴訟指揮を行い,「殺人の共謀も殺害行為も死体遺棄もなかった疑いを否定できない」と結論付けて,本件について2度目となる再審開始決定をした。同一事件において2度の再審開始決定がなされたのは免田事件以来のことである。これに対して,検察官は即時抗告を申立てたものの,福岡高等裁判所宮崎支部(根本渉裁判長)は,2018年(平成30年)3月12日,死因に関する新証拠(吉田法医学鑑定)について,十分な信用性を有するものと評価し,新証拠の吉田法医学鑑定が確定審において提出されていたとすれば,確定第一審の事実認定は維持し得なくなるとして,検察官の即時抗告を棄却して再審開始を認めた。
これに対して,今回,最高裁判所第一小法廷は,検察官の特別抗告には理由がないとしたにもかかわらず,職権をもって調査するとして,原決定及び原々決定を取り消し,再審請求を棄却するという決定を行ったのである。
しかし,本件は,無実の者の救済を理念とする再審制度のもとにおいて,これまでも第一次再審請求審決定,第三次再審請求審決定,同即時抗告審決定の3度にもわたり再審開始を認める決定がなされたという極めて異例の経緯を辿っている事件である。しかも,本決定は,検察官の特別抗告に理由がないとしながら,最高裁判所が職権で調査して書面審理のみで原決定及び原々決定を覆したものである。これは,再審開始のためには確定判決における事実認定につき合理的疑いを生ぜしめれば足りるという意味において「疑わしいときは被告人の利益に」という刑事裁判における鉄則が適用されるとした白鳥決定や財田川決定の趣旨を没却するものといわざるを得ない。また,最高裁が人権救済の最後の砦であることに照らせば,本決定は,無実の者の救済という再審制度の理念を蔑ろにする理不尽な決定であるとの誹りを免れない。
本件は事件の発生からすでに40年もの長き歳月が経過しようとしており,原口アヤ子氏も92歳となった。当会としては,「疑わしいときは被告人の利益に」という刑事裁判における鉄則に基づく公正な判断がなされ,原口アヤ子氏の再審開始及び無罪が早期に実現され存命中に雪冤を果たすことをあらためて強く願うとともに,ドイツなどと同様に再審開始決定に対する検察官抗告を許さないとする法改正,取調べ全過程の可視化,証拠の全面的開示等,えん罪防止のための刑事司法制度改革の実現を目指して,引き続き全力を尽くす所存である。
静岡県弁護士会
会長 鈴木 重治