第1 声明の趣旨
1 令和6年能登半島地震及び令和6年奥能登豪雨について、東日本大震災における対応と同様、①発災当時被災地に住所、居所、営業所又は事務所(以下「住所等」という。)を有していた者であれば資力を問わず日本司法支援センター(以下「法テラス」という。)における法律相談援助、代理援助及び書類作成援助等を受けられること、②裁判所の手続だけでなく、裁判外紛争解決手続(ADR)や行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為に関する不服申立ての手続(以下「行政不服申立手続」という。)などについても代理援助及び書類作成援助の対象とすること、③事件の進行中は立替金の償還が猶予されること、などを含む法テラスの業務に関する特例法を制定することを求める。
2 また、同時に、総合法律支援法(以下「法」という。)第30条第1項第4号を改正し、法テラスによる同号の法律相談の実施期間の上限を、現在の1年から大幅に伸長するとともに、実施期間が上限に達した場合でも、政府の決定により、さらに延長することができるようにすることを求める。
第2 声明の理由
1 総合法律支援法の規定について
法第30条第1項第4号では、法テラスの業務として、「著しく異常かつ激甚な非常災害であって、その被災地において法律相談を円滑に実施することが特に必要と認められるものとして政令で指定するものが発生した日において、民事上の法律関係に著しい混乱を生ずるおそれがある地区として政令で定めるものに住所、居所、営業所又は事務所を有していた国民等を援助するため、同日から起算して一年を超えない範囲内において総合法律支援の実施体制その他の当該被災地の実情を勘案して政令で定める期間に限り、その生活の再建に当たり必要な法律相談を実施すること」を定めている。これは、政令で指定された一定の大規模災害の被災者を対象に、災害発生から最長で1年間、資力を問わず、無料で弁護士等による法律相談を行うものである(以下「被災者法律相談援助」という。)。
2 令和6年能登半島地震について
(1) 政令の指定
本年1月1日に発生した令和6年能登半島地震(以下「能登半島地震」という。)について、政府は、本年1月11日に令和6年政令第6号を制定することにより、能登半島地震を法第30条第1項第4号に規定する特定非常災害に指定した。これにより同地震に関し、災害救助法が適用された地域に住所等を有していた国民等について、資力を問わず、本年12月31日まで被災者法律相談援助の実施が可能となった。 また、能登半島地震の被災地においては、法テラスの事務所、指定相談場所における相談に加えて、事務所等へのアクセスが困難な地域には移動相談車両(法テラス号)を派遣するなどの対応がとられており、被災者法律相談援助は、能登半島地震の被災者の法律相談ニーズに応える上で、重要な役割を果たしている。
(2) 能登半島地震の現在の状況
能登半島地震の発生から約10か月が経過したが、内閣府非常災害対策本部の発表によれば、本年10月1日時点での被害状況は、死者・行方不明者が404名(うち、災害関連死が174名)、負傷者が1336名、半壊以上の住家被害が2万9244棟となっており、2011年(平成23年)に発生した東日本大震災以降、最大の被害が発生している。また、同日時点において、石川県内では、依然として428名の被災者が避難所での避難生活を余儀なくされている。
さらに、本年9月21日から降り続いた大雨により発生した令和6年奥能登豪雨(以下「奥能登豪雨」という。)により、能登半島、特に奥能登地域は二重被災に見舞われる形となったが、石川県の発表によれば、この豪雨災害でも、本年10月9日時点で、死者・行方不明者15名、負傷者47名、住家被害は400棟以上となっており、特に住家の被害件数については今後の自治体の調査によりさらに増加することが予想される。 被災地では、復旧に向けた懸命な支援活動が続いているが、被災地へのアクセスの困難さ、自治体、各支援団体、復旧・復興の関係事業者の人的資源の不足や宿泊場所などを含む物的資源の不足もあり、被災者の隅々にまで十分な支援や情報が届いているとは言い難い状況にある。
また、公費解体の遅れ等の問題に象徴されるように、被災者個人の生活や住宅の再建、事業の再建などは被害の大きな地域ほど進んでおらず、避難所や被害を受けた自宅、応急仮設住宅等で避難生活を続ける被災者の中には、今後の復興への着手すらできていない者が多数存在している。そのような中で発生した奥能登豪雨により、被災者の再建や被災地の復旧、復興は一層困難になっている。 そのため、被災者に対する情報提供や相談支援活動は、今後も長期に亘り継続的に必要であるどころか、むしろ前述の二重被災の問題や能登半島特有の問題に鑑みれば、今後さらに支援を手厚くすることが求められている。 このような状況であるにもかかわらず、前記のとおり、被災者法律相談援助が1年間で終了してしまえば、被災者の法的支援へのアクセスをより一層難しくし、ひいては被災者の再建、被災地の復旧・復興を難しくすることになる。
3 過去の大規模災害における相談需要
(1) 東日本大震災
2011年(平成23年)3月11日に発生した東日本大震災の際には、現行の法第30条第1項第4号の規定はなかったが、2012年(平成24年)3月23日に、「東日本大震災の被災者に対する援助のための日本司法支援センターの業務の特例に関する法律」(以下「震災特例法」という。)が制定され、同年4月1日から施行された。 震災特例法により、発災当時被災地に住所等があった者であれば、資力を問わず法テラスによる法律相談援助、代理援助及び書類作成援助等を受けられること、裁判所における手続のほかに裁判外紛争解決手続(ADR)や行政不服申立手続などが代理援助及び書類作成援助の対象となること、事件の進行中は立替金の償還が猶予されることなどが定められた。
当初、震災特例法は3年間の時限立法であったが、最終的に2021年(令和3年)3月31日まで期間が延長された。
平成25年度版法テラス白書によれば、2012年度(平成24年度)の震災法律相談援助は全国で4万2981件、2013年度(平成25年度)は4万8418件であり、東日本大震災発生から2年が経過した時点でも、震災法律相談援助件数は極めて多い状況であった。
こうした状況を受けて、日本弁護士連合会は、2014年(平成26年)6月20日に、震災特例法の有効期限の延長を求める要望書を発出したところ、翌2015年(平成27年)には3年間の延長が決定された。
その後も、震災法律相談援助は、2014年度(平成26年度)に5万1542件、2015年度(平成27年度)には5万4575件、2016年度(平成28年度)には5万2995件であり、2018年(平成30年)3月にはさらに震災特例法の有効期限の3年間の延長が決定された。
なお、2019年(令和元年)には5万944件、2020年(令和2年)には4万7101件の援助件数があり、東日本大震災発生から約10年が経過した時点でも、震災法律相談援助はその数が大きく減少することはなく、震災法律相談援助の必要性は常に高い状態であった。
(2) 平成28年熊本地震
2016年(平成28年)4月に熊本地震が発生した後、同年5月に法が改正され、法第30条第1項第4号の規定が設けられた。
その後、同年7月1日から2017年(平成29年)4月13日まで、上記法に基づく被災者法律相談援助が実施された。
被災者法律相談援助件数は徐々に増加し、2016年(平成28年)11月以降は、ほぼ毎月1000件を超える件数の相談が実施されており、被災者の相談ニーズが発災から1年が経過してもなお高い状況であったことが明らかとなっている。
(3) 平成30年7月豪雨(西日本豪雨)
2018年(平成30年)7月に発生した西日本豪雨災害は特定非常災害に指定され、2018年(平成30年)7月14日から2019年(令和元年)6月27日まで、被災者法律相談援助が実施された。
平成30年度版法テラス白書によると、2018年(平成30年)8月以降、毎月の被災者法律相談援助件数は1000件を超えており、さらに被災者法律相談援助が終了する2019年(令和元年)6月には1992件の相談が実施され、最多の件数となった。このデータからも、被災者の法律相談ニーズは発災から1年が経過した時点においてもなお高い状況であったことが明らかとなっている。
(4) 令和元年台風第19号(東日本台風)
2019年(令和元年)の台風第19号により発生した関東地方を中心とする大きな被害についても、特定非常災害に指定され、2019年(令和元年)10月18日から2020年(令和2年)10月9日まで、被災者法律相談援助が実施された。
2020年(令和2年)の被災者法律相談援助の件数をみると、新型コロナウイルス感染症の影響により一時的に被災者法律相談援助の相談件数が減少した4月及び5月を除けば、毎月概ね3000件を超え、災害から1年を経過した10月も2000件を超える状況であった(令和2年度版法テラス白書)。
(5) 令和2年7月豪雨災害(熊本豪雨)
2020年(令和2年)7月に熊本県を中心に被害が発生した令和2年7月豪雨災害についても、特定非常災害に指定され、2020年(令和2年)7月14日から2021年(令和3年)7月2日まで被災者法律相談援助が実施された。
2020年(令和2年)9月以降は毎月約500件の被災者法律相談援助が実施され、2021年(令和3年)6月には最多の714件の相談援助が実施された(令和2年度版法テラス白書)。この件数の多さからも、被災者の法律相談の需要は発災から1年の時点においても高い状況だったことが明らかである。
4 能登半島地震の公費解体の遅れと災害ケースマネジメントの必要性
(1) 能登半島地震の公費解体の遅れ
大規模な災害のあとの公費解体は、被災者の今後の生活や住宅の再建の中で初期に実施される大きな出来事の一つであるため、被災者の再建や被災地の復興の進捗度合いを示す目安となり得るものである。しかし、環境省の発表によると、2024年(令和6年)10月7日現在、能登半島地震での公費解体の申請棟数3万0371件に対して、解体実施棟数は1万5323件であり、申請棟数に対する解体の完了率に至ってはわずか18%(5507件)に過ぎない。石川県及び環境省は、当初解体対象を2万2000棟と想定し、2025年(令和7年)10月に解体完了予定としていた。この予定どおりに公費解体が行われたとしても、地震発生から2年弱が経過することになるが、現時点での解体見込棟数は3万2410棟となっているから、2025年(令和7年)10月までに公費解体が完了するのは困難と解される。
このような公費解体の遅れは、被災者の再建の遅れに直結することを考えると、今後被災者の再建には長い期間を要することが推察され、これに伴い法的支援の需要も長く継続することが予想される。
(2) 災害ケースマネジメントの必要性
2023年(令和5年)3月、内閣府は、災害ケースマネジメント実施の手引き(以下「手引き」という。)を発表した。手引きにおいて、災害ケースマネジメントとは、「被災者一人ひとりの被災状況や生活状況の課題等を個別の相談等により把握した上で、必要に応じ専門的な能力をもつ関係者と連携しながら、当該課題等の解消に向けて継続的に支援することにより、被災者の自立・生活再建が進むようマネジメントする取組」であるとされている。現在、政府としても災害ケースマネジメントの促進に向けて、全国各地で説明会や講習会を実施している。
上記にある「被災者の自立・生活再建」のためには弁護士を含めた専門家によるアウトリーチ型を含む相談体制の構築とその実施が極めて重要である。そして、前述したこれまでの過去の大規模災害時の実情や能登半島地震及び奥能登豪雨との二重被災の被災地の復旧・復興状況に鑑みれば、被災者の生活再建のためには、弁護士を含む専門家が長期に亘り被災者の再建に寄り添い、適時、情報提供や各種支援制度の申請支援、再建を阻む法的問題の解決などに尽力することが重要である。
そして、災害ケースマネジメントの一環として専門家がこうした被災者の生活再建への支援活動を長期に亘って行うためには、法テラスによる被災者法律相談援助の実施期間を最長で1年とする現行制度はあまりにも短期間である。
5 結論
前述した能登半島地震及び奥能登豪雨(以下、両災害を併せて「本件災害」という。)の被災地の現状、過去の大規模災害の被災地の相談需要の状況、国が進める災害ケースマネジメントの実施を実効的なものにする必要性、そしてなにより法第30条第1項第4号による被災者法律相談援助の実施期間の終期が本年12月31日と迫っている現状などに照らせば、冒頭の声明の趣旨に記載したとおり、本件災害に関し、速やかに、東日本大震災における対応と同様、被災者が資力を問わず法テラスの法律相談援助、代理援助及び書類作成援助等を受けられることなどを含む法テラスの業務に関する特例法を制定することが必要である。
また、本件災害はもちろんのこと、本件災害以外の将来の大規模災害における法的支援の充実のためには、法第30条第1項第4号を改正し、法テラスによる同号の法律相談の実施期間の上限を、現在の1年から大幅に伸長するとともに、実施期間が上限に達した場合でも、政府の決定により、さらに延長することができるようにする必要がある。
静岡県弁護士会
会長 梅田 欣一
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