2014年5月21日,福井地方裁判所は,関西電力株式会社に対し,大飯発電所(以下「大飯原発」という。)から250キロメートル圏内に居住する者は,大飯原発3・4号機の運転によって直接的にその人格権が侵害される具体的な危険があるとして,その運転差止を命じる判決を言い渡した。
本判決は,2011年3月に発生した福島第一原子力発電所事故(以下「福島原発事故」という。)以降に言い渡された原発に関する本案訴訟判決としては初めてのものであり,原子力発電所の安全性に関する司法審査の先例として重要な意義を有するものである。
福島原発事故では,約900ペタベクレルもの放射性物質が放出され,福島県内の1800平方キロメートルもの広大な土地が,年間5ミリシーベルト以上の空間線量を発する可能性のある地域になった。同事故による避難人数は,約14万6520人に達する。
本判決は,「生命を守り生活を維持する利益は人格権の中でも根幹部分をなす根源的な権利」であることを前提とした上,この根源的な権利が極めて広範に奪われる事態を招く具体的危険性が万が一ででもあるのかが判断の対象とされるべきであり,また,原子力発電技術の危険性の本質及びそのもたらす被害の大きさは,福島原発事故を通じて十分に明らかになった以上,同事故の後において,「この判断を避けることは裁判所に課された最も重大な責務を放棄するに等しい」として,本件原発の有する危険性につき正面から判断を示した。
従前,原子力発電所をめぐる行政訴訟及び民事訴訟においては,原子炉設置許可処分に至る審査基準が不合理であったか,行政庁の判断に不合理な点があったか等が裁判所の審理・判断の中心に据えられ,結果,行政庁や事業者の主張を追認するばかりの結論が示されていた。
これに対し,本判決は,新規制基準の対象となっている事項に関しても新規制基準への適合性や原子力規制委員会による新規制基準適合性の審査の適否という観点からではなく,これとは独立に,事故発生により人格権侵害に至る具体的危険性の有無につき裁判所の判断が及ぼされるべきとして,直接的かつ積極的な判断を示したものであり,まさに司法に求められている職責を果たしたものといえる。
福島第一原子力発電所では,現在もなお汚染水の漏出が続いており,すでに放出された放射性物質の影響による人権侵害状態の回復はおろか,事故原因の解明・溶融燃料の回収などの目途すら立っていない状態である。
かかる状態であるにもかかわらず,各電力会社においては,発電コストの問題を主張し,再稼働ありきの対応がなされているが,本判決においても,極めて多数の人の生存そのものに関わる権利と電気代・発電コストの問題等とを並べて論じる議論をすること自体が法的に許されないことであるとの判断を示しており,このような電力会社の姿勢・対応に警鐘を鳴らしている。
当弁護士会の所在する静岡県には,御前崎市に浜岡原子力発電所が存在するところ,東北地方太平洋沖地震を教訓とした「南海トラフの巨大地震モデル検討会」報告を踏まえ,その安全性・危険性及び再稼働の可否については,県民の高い関心が集まっているところである。
それだけでなく,福島原発事故以降,地震・津波等の自然災害に起因する原子力発電所事故の甚大さが広く認識され,全国の各裁判所にて,大飯原発運転差止訴訟と同様の差止訴訟が提起され,審理が続いている。
本件判決は,地震学の限界を指摘するとともに,「この地震大国日本において,基準地震動を超える地震が大飯原発に到来しないというのは根拠のない楽観的見通しに過ぎない」と非難するが,かかる理は大飯原発にのみ妥当するものでないことは明らかである。
本件判決に続き,上級審を含む各裁判所において原子力災害による人権侵害の甚大さを十分認識した上で,原子力発電所の有する危険性を念頭に置いた積極的な審理・判断が行われることにより,司法に期待される責務を全うすることが社会的にも求められている。
当弁護士会は,事業者及び国・地方自治体に対し,本件判決を重く受け止め,原発の再稼働を推進する電力政策を改めるとともに,既存の原子力発電所についても安全かつ適切に廃止する措置を執ることを強く求めるものである。
静岡県弁護士会
会長 小長谷 保