- TPP(環太平洋経済連携協定)の秘密保持協定は,国民の知る権利を侵害し,国民主権と国会の条約承認権の趣旨を没却するものとして極めて問題であり,またTPPのISDS条項は,国会を唯一の立法機関と定めた日本国憲法第41条や,すべて司法権は最高裁判所及び法律の定めるところにより設置する下級裁判所に属するとした憲法76条1項に実質的に違反する憲法上極めて問題のあるものであるから,当会は,TPPの国会承認に断固反対し,その廃案を求めるものである。以下,理由を述べる。
- 2013(平成25)年にわが国が交渉に参加したTPPは,昨年10月に大筋合意に至り,本件2月4日にニュージーランドにおいて日本,アメリカなど12カ国間で成文署名が行われた。
今後,参加国は国内手続をとることになるが,協定はすべての国の国内手続完了後60日後に発効することになっている。署名から2年経過後もすべての国の国内手続が完了していない場合には,12カ国のうち6カ国以上の国が完了しており,かつ完了した国の締約12カ国に占めるGDPの割合が合計85%を超える場合にも発効条件を備えることになっている。日本のGDPは18%,アメリカのGDPは60%を占めており,両国が批准しないと合計で85%に達しない。
TPP承認案は,本年3月8日に通常国会に上程され,TPP特別委員会に付託されたが,審議は初めから度々中断することとなり,結局,本年9月26日に開会された臨時国会において継続審議されることとなっている。 - 静岡県弁護士会は,昨年2月3日に「TPP(環太平洋戦略経済連携協定)の締結に反対する会長声明」を出し,TPPの問題点を指摘した上で,その締結に反対してきた。
その会長声明では,秘密保持協定の問題点を指摘した。「秘密保持協定ではTPP発効後4年間は交渉内容や経過に関する秘密保持義務が課されているが,協定文自体は抽象的に書かれていることが多いため,その解釈の段階では,交渉の経過における各国の提案文書や交渉内容をもとに解釈されることになる」ので,結局,条約承認時においても,TPPの実際の内容は分からないまま国会は承認を求められることになり,「このような事態は,国民主権の原理に反するもの」で,「日本国憲法が条約承認権を国会に与えた趣旨(73条3号但書)を没却」し,「国民の知る権利の観点からも問題である。」と指摘した。
先の通常国会における審議では,まさにそれが現実のものとなっている。交渉経過に関する文書は表題以外は全文黒塗りで出された。秘密保持協定の内容自体が秘密だとしてこれを提出せず,何が秘密となっているかさえ明らかにされない事態となっている。まさに国民の知る権利を侵害し,国民主権と国会の条約承認権の趣旨をないがしろにしている事態が生じているのである。 - TPPの最大の問題点は,ISDS条項である。ISDS条項とは,投資家対国家の紛争解決条項であり,自由貿易において投資家を保護するために,受け入れ国又は自治体の措置によって損害を被ったと主張する外国投資家が,受け入れ国又はその自治体を国際的な第三者機関(仲裁機関)に訴えることを可能にする条項である。この第三者機関は,米国のニューヨークにある世界銀行内の3人のビジネスローヤーである仲裁人によって構成される仲裁機関であり,それはその案件が終了すれば解散するという簡易なものであって,WTOのような常設の上級機関に対する上訴の制度もないものである。
ISDS条項判断の対象とされる事項は,法令,制度,慣行,事実行為,裁判所の判決等の広範な我が国又は自治体の行為であり,そのため,これらの行為が自由貿易の原則に違反し,投資家の利益を侵害したと判断されれば,国家や自治体は莫大な賠償を求められることになる。
例えば,NAFTA(米国,カナダ,メキシコ3国間の北米自由貿易協定)においては,ある外国会社が,メキシコ連邦政府から廃棄物処理施設設置許可を受けて投資したが,有毒物質による近隣の村の飲用水汚染等で癌患者が多数発生する等の危険性が提起されたため,地方自治体が同敷地を生態地区に指定し,施設設立不許可処分にしたところ,メキシコ政府が地方自治体の行為を黙認したとしてその会社から仲裁機関に提訴され,その結果仲裁機関がメキシコ政府に約1700万ドルの賠償を命令した,というようなことが起きている。ここでは,確実な有害性を立証できない限り,規制は投資家の保護に反するとして,投資受入国が巨額の賠償責任を負うことになる。つまり,各国の環境保全などのための予防的措置は,行使できなくなる可能性があるのである。
また,カナダの裁判所が,ある会社の特許期間の延長を認めない判決を下したところ,投資家の利益に反する判決ということでカナダ政府が600億円の賠償請求をされたなど,ISDS条項はその国の判決をも覆す力を持っている。
さらに,TPPでは,国会の議決や自治体の条例もその対象となるので,例えば,シャッター通りが目に余るとして大規模店舗の規制を強化した法改正が国会で議決・成立した場合に,この法改正が投資家の利益に反するとして日本国が仲裁機関に提訴された場合,3人のビジネスローヤーからなる仲裁機関がこの法改正は投資家の利益に反すると判断しさえすれば,日本国は莫大な賠償を余儀なくされるし,その後の提訴を防ぐためには改正した法律を再改正して元に戻さなければならなくなる。
このように,3人のビジネスローヤーからなる常設でもない機関に,国会の議決や裁判所の判決などをも覆す権限を与え,その判断基準はひとえに投資家の利益であって,国民の安全・安心は確実な有害性を立証されない限り保護されない可能性が高くなるのがISDS条項である。このことは,国会を唯一の立法機関と定めた日本国憲法第41条や,すべて司法権は最高裁判所及び法律の定めるところにより設置する下級裁判所に属するとした憲法76条1項に実質的に違反する憲法上極めて問題のあるものなのである。
このように,TPPのISDS条項は,日本国憲法の基本原則を実質上変容させてしまうものであるというべきであって,憲法を最高法規とする我が国の国家体制にとって看過できない重大な問題を含んでいるというべきである。
なお,TPPが発効された場合,我が国農林水産業が受ける打撃は大きく,また原産地表示・遺伝子組換食品表示ができなくなるなどの食の安全・安心に対する危惧も懸念されている。 - よって,当会は,TPPの国会承認に断固反対し,その廃案を求めるものである。
2016(平成28)年9月28日
静岡県弁護士会
会長 洞江 秀
静岡県弁護士会
会長 洞江 秀