- 本年7月6日,日本と欧州連合(EU)は,ブリュッセルで首脳会談を開き,日欧EPA(日欧経済連携協定)の締結で大枠合意したと報じられている。チーズや自動車などの関税の撤廃・削減で折り合い,通関手続きの円滑化や知的財産権の保護といった貿易ルールも統一するというものであるが,関税以外のいわゆる非関税障壁の撤廃の内容は依然として明らかにされていない。大枠合意はTPP(環太平洋経済連携協定)の場合に言われた大筋合意と違って相違点を多く残しており,ISDS条項(投資家対国家の紛争解決条項)を巡り,この規定に難色を示す欧州連合(EU)と,この規定を積極的に盛り込もうとする日本政府との間で,依然として意見の対立があるとも報道されているが,日本政府は年内の最終合意,来年中の協定承認案と関連法案の国会可決,再来年の協定発効をめざすとしている。
- 問題は,日欧EPA協定を巡る交渉が,TPPと同様秘密交渉によって行われ,国民に肝心な情報が明らかにされていない点である。また,TPPと同様,憲法上極めて問題があるISDS条項が規定される可能性があるという点である。
- 静岡県弁護士会は,一昨年2月3日に「TPP(環太平洋戦略経済連携協定)の締結に反対する会長声明」を,昨年9月28日に「TPP(環太平洋経済連携協定)の承認に反対する会長声明」を出して,TPPの問題点を指摘し,TPPに反対してきた。
TPPの前提である秘密保持協定では,TPP発効後4年間は交渉内容や経過に関する秘密保持義務が課されているが,TPPの協定文自体は抽象的に書かれていることが多いため,その解釈の段階では,交渉の経過における各国の提案文書や交渉内容をもとに解釈されることになる。とすると,秘密保持協定により,TPPの国会承認時においても,TPPの実際の内容は分からないまま国会は承認を求められるので,このような事態は国民主権の原理に反し,また日本国憲法が条約承認権を国会に与えた趣旨(憲法第73条3号但書)を没却し,国民の知る権利の観点からも問題である。
また,TPPの最大の問題点はISDS条項であり,ISDS条項は,自由貿易において投資家を保護するために,投資受け入れ国又はその自治体の措置によって損害を被ったと主張する外国投資家が,受け入れ国又はその自治体を国際的な第三者機関(仲裁機関)に訴え巨額な賠償請求を可能にする条項で,これにより国会の議決や自治体の条例,裁判所の判決なども覆す力を持つものである。例えば,NAFTA(北米自由貿易協定)におけるISDS条項では,カナダの裁判所がある会社の特許期間の延長を認めない判決を下したところ,投資家の利益に反する判決をしたということでカナダ政府が600億円の賠償請求をされたなどの例がある。3人のビジネスローヤーからなる常設でもない仲裁機関に,国会の議決や裁判所の判決などをも覆す権限を与え,その判断基準はひとえに投資家の利益であって,国民の安全・安心は確実な有害性を立証されない限り保護されないなどというISDS条項の仕組みは,国会を唯一の立法機関と定めた日本国憲法第41条やすべて司法権は最高裁判所及び法律の定めるところにより設置する下級裁判所に属するとした憲法第76条1項に実質的に違反する憲法上極めて問題のあるものである。国家の主権,国民主権の否定とも言えるのである。
日欧EPA協定においても,このようなTPPの問題点が,そのまま当てはまる 危険性があるのである。 - TPPは,本年1月のアメリカのTPP離脱により,その発効条件を満たさず,現時点では幻のメガ経済協定になっている。しかし,TPPに類似するメガ経済協定構想は,日欧EPAだけでなく,RCEP(アールセップ,東アジア地域包括的経済連携協定),TTIP(ティーティップ,大西洋横断貿易投資パートナーシップ協定),TiSA(ティーサ,新サービス貿易協定)などがある。このうち,日本が関わっているのは,RCEP,TTIP,日欧EPAの3つであり,これと日米FTAを巡る二国間協議が,現在同時並行で進められている。そして,これらのメガ経済協定構想は,いずれも前記の問題点を同様に有している危険性があるのである。
- 当会は,日欧EPA及びその他のメガ経済協定においても,秘密交渉がTPPと同様の秘密保持協定によるものである場合には,国民主権の原理に反し,また日本国憲法が条約承認権を国会に与えた趣旨(憲法第73条3号但書)を没却し,国民の知る権利の観点からも問題であると考え,これに懸念を表明するものである。
また,ISDS条項は,国家の主権,国民主権の否定につながる憲法上極めて問題のある条項であるから,日欧EPA及びその他のメガ経済協定においてもこれを規定することに断固反対するものであり,日本政府に対し,日欧EPAほかのメガ経済協定において,ISDS条項を盛り込むような交渉をしないことを,強く要請するものである。
2017(平成29)年8月30日
静岡県弁護士会
会長 近藤 浩志
静岡県弁護士会
会長 近藤 浩志