1948(昭和23)年に制定された旧優生保護法は,「優生上の見地から不良な子孫の出生を防止する」ことを目的として定め(第1条),1996(平成8)年に改正されてこの目的が削除され母体保護法と名称が変更されるまで,対象者本人の同意による優生手術(優生上の理由による不妊手術),優生思想に基づく人工妊娠中絶手術,及び対象者本人の同意を得ず都道府県優生保護審査会の審査による強制優生手術(強制不妊手術),優生思想に基づく強制人工妊娠中絶が行われてきた。このうち優生手術は全国で約2万5000件で,このうち静岡県での強制不妊手術は,約750件行われたとされる。優生思想に基づく人工妊娠中絶手術も全国で約5万9000件行われた(優生保護統計報告,県衛生年報など)。
「不良な子孫の出生を防止する」ことを目的とする強制不妊手術及び強制人工妊娠中絶は,憲法第13条に由来する対象者の自己決定権,及び生殖能力を持ち子どもを産むか産まないかいつ産むか何人産むかを決定するリプロダクティブ・ヘルス/ライツ(性と生殖に関する健康・権利)の侵害及び憲法第14条第1項に定める平等原則に違反する対象者への差別という重大な人権侵害にほかならない。
また,「同意」があったとされる場合も,対象者とされた人に対して,「不良な子孫」を生む「不良」な者とみなし,優生手術又は人工妊娠中絶手術を働きかけ同意を求めたものであって,これ自体が個人の尊厳を踏みにじり,人は全て個人として尊重されるとした憲法第13条に違反する。さらに,「真にやむを得ない限度において,身体の拘束,麻酔薬施用,又は欺罔等の手段を用いることも許される場合がある(昭和28年6月12日厚生省発第150号厚生事務次官通知)」とされていたように,働きかけを受ける立場に置かれた人は,多くの場合自由な意思決定が阻害されていた状況であった。特に,療養所に入所していたハンセン病患者は,ある時期まで結婚して夫婦寮に入居するための条件として優生手術の同意が上げられていたのであって,真の同意があるとは言い難い。また,精神障がいを有する人の同意も同様であるし,当時手話が禁止されていた聴覚障がい者の同意も,真の同意があったとは言い得ない可能性が高い。
国際機関である自由権規約委員会は,1998(平成10)年から度々日本政府に対して強制不妊手術の被害者に対する補償を行うことを勧告し,また女性差別撤廃委員会は,2016(平成28)年に日本政府に対し同様の勧告を行った。
しかし,日本政府は,手術は旧優生保護法に基づき適法に行われたものであって補償の対象とならないとの見解を繰り返し,これまで何らの補償等の適切な措置を取っていない。
日本と同様,法律に基づき強制不妊手術を実施してきたドイツでは,1988(昭和63)年に連邦議会において補償に関する決議が成立した。また,スウェーデンでは,1999(平成11)年に謝罪と補償の措置が取られ,形式的な同意があっても同意がなされた状況から当事者の意思に反していると解されるケースも補償の対象とされた。
そして,日本弁護士連合会は2017(平成29)年2月16日,「旧優生保護法下において実施された優生思想に基づく優生手術及び人工妊娠中絶に対する補償等の適切な措置を求める意見書」を採択し,被害者に対する謝罪,補償等の措置,及び資料の保全と実態調査を速やかに実施することを求めた。
前述のとおり,当会も,旧優生保護法下で行われた優生手術及び人工妊娠中絶は,憲法第13条に由来する自己決定権,及びリプロダクティブ・ヘルス/ライツを侵害し,かつ憲法第第14条第1項の平等原則に違反するものとして,重大な人権侵害と考えるものである。よって,当会は,国に対し,重大な人権侵害を受けた被害者に対する謝罪,補償等の適切な措置,資料の保全及び実態調査を速やかに行うことを強く求めるものである。
静岡県弁護士会
会長 大多和 暁