静岡地方最低賃金審議会は,本年8月頃,静岡労働局長に対し,2019年度静岡県最低賃金改正の答申を行う予定である。昨年,同審議会は,静岡県最低賃金を時間額832円から26円引き上げ,時間額858円とする答申を行い,静岡労働局長は,昨年10月3日から,静岡県の最低賃金を同審議会の答申どおり時間額858円に改正した。
しかし,時給858円という水準は,1日8時間,週40時間働いたとしても,月収約14万9000円,年収約178万円にしかならない。この金額では労働者が賃金だけで自らの生活を維持していくことは到底困難である。仮に時給1000円であったとしても,年収ではいわゆるワーキングプアと呼ばれる水準である200万円をわずかに超える程度にしかならない。
また,日本の最低賃金は先進諸外国の最低賃金と比較しても著しく低い。フランス,イギリス,ドイツの最低賃金は,日本円に換算するといずれも1100円を超えており,アメリカでも,ワシントン州やカリフォルニア州の一部の市などが15ドルへの引上げを決定したのを始め,全米各地の自治体で最低賃金大幅引上げが相次いでいる。国際的に見て日本の最低賃金の低さは際立っているといえる。
日本の貧困と格差の拡大は深刻な事態となっている。日本の2015年相対的貧困率は15.6%と発表されており,3年前の16.1%と大差なく,依然として高い水準であり,女性や若者に限らず,全世代で貧困が深刻化している状況である。働いているにもかかわらず貧困状態にある者の多数は,最低賃金付近での労働を余儀なくされており,最低賃金の低さが貧困状態からの脱出を阻止する大きな要因となっている。それ故,最低賃金の迅速かつ大幅な引上げが必要である。
この点に関連して,最低賃金の地域間格差が依然として大きく,ますます拡大していることも見過ごすことのできない重大な問題である。2018年の最低賃金は,最も高い東京都で985円であり,静岡県の時間額858円との差は127円であった。一方,最も低い鹿児島県は761円であり,東京都とは224円もの開きがあった。
地方では賃金が高い都市部での就労を求めて若者が地元を離れてしまう傾向が強い。静岡県に隣接する神奈川県と比べた場合,神奈川県の時間額は983円となっており,その差は125円であった。静岡県熱海市と神奈川県湯河原町の県境を流れる千歳川を境に,大きな時給格差が生じており人材の流出・労働力不足の深刻化を招いている。
それ故,地域経済の活性化のために,最低賃金の地域間格差の縮小が急務である。
他方,最低賃金の大幅な引上げは,特に地方における中小企業の経営に影響を与えることが予想される。最低賃金の引上げが困難な中小企業のための,社会保険料の減免や減税,補助金支給等の中小企業支援措置が不可欠であり,そのような措置の検討を進めるべきである。また,中小企業の生産性を向上させるための施策が有機的に組み合わされることも必要である。さらに,私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律や下請代金支払遅延等防止法をこれまで以上に積極的に運用し,中小企業とその取引先企業との間で公正な取引が確保されるようにする必要もある。
当会は,これらのことを前提として,地域経済の健全な発展を促すとともに,労働者の健康で文化的な生活を確保するという見地から,静岡地方最低賃金審議会に対し,全国加重平均額として2020年までの政府の達成目標額とされている時給1000円を静岡県でも同年までに実現し得る水準での最低賃金の大幅な引き上げを内容とする答申を静岡労働局長に行なうことを強く求める。
静岡県弁護士会
会長 鈴木 重治