静岡地方最低賃金審議会は,本年8月頃,静岡労働局長に対し,2020年度静岡県最低賃金改正の答申を行う予定である。昨年,同審議会は,静岡県最低賃金を時間額858円から27円引き上げ,時間額885円とする答申を行い,静岡労働局長は,昨年10月4日から,静岡県の最低賃金を同審議会の答申どおり時間額885円に改正した。
しかし,時間額885円という水準は,1日8時間,週40時間働いたとしても,月収約15万6000円,年収約187万円にしかならない。先般,全国労働組合総連合が発表した静岡県立大学短期大学部中澤秀一准教授による最低生計費試算調査の結果によると,25歳単身・賃貸住居の場合,人並みの生活に必要な費用は,月約23万円と試算されており,これを時間額に換算すると,最低でも約1300円が必要である。
したがって,現在の水準では,労働者が賃金だけで自らの生活を維持していくことは到底困難である。仮に時間額1000円であったとしても,年収ではいわゆるワーキングプアと呼ばれる水準である200万円をわずかに超える程度にしかならない。
今般,政府の緊急事態宣言により,経営基盤が脆弱な多くの中小企業が倒産,廃業に追い込まれる懸念も広がる中,最低賃金の引上げが企業経営に与える影響を重視して引上げを抑制すべきという議論もある。
しかし,労働者の生活を守り,緊急事態後の経済を活性化させるためにも,最低賃金額の引上げを後退させてはならない。多くの非正規雇用労働者をはじめとする最低賃金付近の低賃金労働を強いられている労働者は,もともと日々生活するだけで精一杯で,緊急事態に対応するための十分な貯蓄をすることができていないのである。ここに根本的な問題がある。
一方,最低賃金の引上げは,中小企業の経営に大きな影響を与えることが予想される。今般,緊急事態に備えた中小企業支援策が拡充されているところであるが,政府は,長期的継続的に中小企業支援策を強化すべきであり,最低賃金の引上げが困難な中小企業のための社会保険料の減免や減税,補助金支給等の中小企業支援策の検討を進めるべきである。また,中小企業の生産性を向上させるための施策を有機的に組み合わせることや,これまで以上に私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律や下請代金支払遅延等防止法を積極的に運用し中小企業とその取引先企業との間で公正な取引が確保されるよう務めることも重要である。
最低賃金の地域間格差は依然として大きく,ますます拡大していることも見過ごしてはならない。2019年の最低賃金は,最も高い東京都で時間額1013円であるのに対し,静岡県の時間額885円との差は128円であり,昨年度と比べ1円ではあるもののその差は広がった。一方,最も低い15県は時間額790円であり,東京都と223円もの開きがあった。前出の最低生計費試算調査によれば,都市部と地方とを比較した場合,都市部に比べ,地方では家賃は低いものの生活のためには自動車が必要となることから地域間で大きな差異は生じていない。
最低賃金の高低と人口の転入出には強い相関関係があり,最低賃金の低い地方の経済が停滞し,地域間の格差が固定,拡大する傾向にある。静岡県に隣接する神奈川県と比べた場合,神奈川県の時間額は1011円となっており,その差は126円であった。静岡県熱海市と神奈川県湯河原町の県境を流れる千歳川を境に,大きな格差が生じており人材の流出・労働力不足の深刻化が懸念される。
都市部への労働力の集中を緩和し,地域に労働力を確保することは,地域経済の活性化のみならず,都市部での感染症の拡大防止や社会関係上の様々なリスクを分散する上でも有用といえる。
当会は,これらのことを前提として,地域経済の健全な発展を促すとともに,労働者の健康で文化的な生活を確保するという見地から,静岡地方最低賃金審議会に対し,先ずは時間額1000円を達成すべく最低賃金の大幅な引上げを内容とする答申を静岡労働局長に行なうことを強く求める。
静岡県弁護士会
会長 白井 正人