鹿児島地方裁判所(中田幹人裁判長)は,2022年(令和4年)6月22日,いわゆる大崎事件第4次再審請求事件につき,再審請求を棄却する決定をした(以下「本決定」という)。
大崎事件は,1979年(昭和54年)10月,原口アヤ子さんが,夫(当時)と義弟の3名で共謀し,義理の末弟を殺害した上,その遺体を義弟の息子も加えた4名で遺棄したとされる事件である。本件では,事件当日の夜,被害者とされる義理の末弟は,酒に酔って帰宅途中に農道脇の側溝に自転車ごと転落する事故に遭い,前後不覚で道路上に横臥していたところを,近隣住民2名によって午後9時頃に自宅に運ばれたとされ,また,同日午後11時頃,アヤ子さんら3名が共謀して義理の末弟を殺害し,翌午前4時頃,その遺体を遺棄したものとされていた。
アヤ子さんは,逮捕時から一貫して無罪を主張していたが,共犯者とされた3名(夫,義弟とその息子)の自白供述や義弟の妻の供述を主な証拠として,懲役10年の有罪判決を受け,服役した。
もっとも,アヤ子さんは,服役中も罪を認めることはせず,仮釈放を受けることもなく満期釈放となった後,鹿児島地方裁判所に対して,過去にも3度にわたり再審請求を申し立てていた。そして,アヤ子さんは,第1次請求での再審請求審(鹿児島地方裁判所),第3次請求での再審請求審(鹿児島地方裁判所)及び即時抗告審(福岡高等裁判所宮崎支部)と,合計3度にわたって再審開始決定を勝ち得ていた。
ところが,2019年(令和元年)6月25日,最高裁判所第一小法廷(小池裕裁判長)は,即時抗告審決定が,法医学鑑定に基づいて,被害者とされる義理の末弟は,近隣住民2名によって自宅に運ばれた時点で既に死亡又は瀕死であった可能性があり,そうすると近隣住民2名の供述にも信用性に疑義が生じ,さらに「共犯者」3名の各供述の信用性にも重大な疑義が生じると判断した点に関し,当該法医学鑑定の問題点やそれに起因する証明力の限界を十分に考慮していないから「取り消さなければ著しく正義に反する」として,地方裁判所と高等裁判所のどちらもが支持した再審開始決定を取り消し,再審請求を棄却するという前代未聞の決定をした。
これに対し,弁護団は,2020年(令和2年)3月30日,義理の末弟の死亡時期に関して,きわめて豊富な臨床経験を有する救命救急医による新たな鑑定書と,近隣住民2名の供述の信用性に関する鑑定書を新証拠として,第4次再審請求を申し立てた。本請求審の新証拠は,それぞれが車の両輪となって,被害者とされる義理の末弟が自宅に運び込まれる前に死亡しており,そもそもアヤ子さんたちが義理の末弟を殺害することはあり得ないこと,つまり殺人事件は存在しないことを明らかにするものであった。
しかるに,第4次再審請求審の鹿児島地方裁判所は,申立てから2年弱という期間で5名の鑑定人の証人尋問を行い,現地での進行協議期日を実施する等の積極的な訴訟指揮を行ったものの,先の最高裁判所の決定に追従し,再審請求を棄却したのである。
先にも指摘したとおり,大崎事件には,過去に3度にもわたって再審開始決定がなされたという異例の経緯があることや,第4次再審請求審に提出された新証拠が有する証明力の高さに鑑みれば,本決定は,新旧全証拠の総合評価を適切に行ったものとは評価しがたく,白鳥・財田川決定の趣旨を大きく後退させるものであって,著しく不当である。
なお,当会は袴田事件第2次再審請求事件(有罪判決を受けた袴田巌さんの姉の袴田ひで子さんが請求人)を長年支援している。同事件では,2014年(平成26年)3月27日,静岡地方裁判所が再審開始を決定し,さらに死刑の執行及び拘置の執行を停止して,袴田巌さんが釈放されるに至ったにもかかわらず,検察官が即時抗告を行い,2018年(平成30年)6月11日,東京高等裁判所において再審開始決定が取消されるに至った。もっとも,2020年(令和2年)12月22日,最高裁判所第三小法廷は,原審に審理不尽の違法を認め,審理を東京高等裁判所に差戻している。このように,袴田事件では,静岡地方裁判所の再審開始決定から8年が経過した現在もなお審理が継続し,再審公判が行われないままである。そして,この間に,有罪の言渡し受けた袴田巌さんは86歳になり,請求人である袴田ひで子さんは89歳となっている。袴田事件もまた,大崎事件と同様に,現在の再審制度の問題点が顕著に現れた事件である。
再審開始決定がなされたにもかかわらず,検察官の不服申立等により再審公判の開始が妨げられ,人権救済がなされない状態が続くことは,弁護士が使命とする基本的人権の擁護と社会正義の実現に反する事態であり,それを許す現行の再審制度の問題点は速やかに改善されなければならない。
とりわけ,アヤ子さんは現在95歳という高齢であり,その権利救済には一刻の猶予も許されない。当会は,今後の即時抗告審においては,「疑わしいときは被告人の利益に」という刑事裁判における鉄則に基づく公正な判断が速やかになされ,アヤ子さんが存命中に雪冤を果たされることをあらためて強く願うとともに,大崎事件や袴田事件で明らかになった現行の再審制度の問題点を指摘し,再審法の改正に向けて力を尽くす所存である。
静岡県弁護士会
会長 伊豆田 悦義