改正少年法の下で特定少年の実名が検察庁により公表されたことに関する会長声明 

本年4月1日から「少年法の一部を改正する法律」(以下「改正法」という。)が施行され,少年法第61条による「推知報道(氏名,住居,容ぼう等によって本人だと推知できる記事等の掲載)の禁止」が,18歳又は19歳当時に起こした事件について公判請求(起訴)された者に限って解除された(改正法第68条)。

そして,本年7月7日,静岡地方検察庁沼津支部は,19歳の少年が起こした裁判員裁判の対象となる事案を公判請求するとともに,静岡県内では初めて,当該少年の氏名を報道機関に公表した。また,氏名公表の理由について「裁判員裁判対象の凶悪な犯罪であり,非公表とする理由はない」旨が説明されたとする報道もある。

 

しかしながら,2021年(令和3年)4月27日に当会が公表した「少年法改正法案に反対する会長声明」でも指摘したとおり,少年法第61条による「推知報道の禁止」は,未成熟で可塑性の高い少年のプライバシー等を保護し,少年の社会復帰や更生の機会を確保することを目的としている。とりわけ昨今では,報道機関のみならず,報道に触れた一般市民でもインターネット上への発信が容易であり,インターネット上に拡散された氏名等を含む報道内容がデジタルタトゥーとして半永久的に残り続けるリスクも非常に大きい。そのような状況下で,18歳又は19歳当時に起こした事件に関する推知報道が行われれば,対象者の社会復帰や更生に向けた教育,職業,家族の援助等の重要な社会資源が失われてしまうことが強く懸念される。

そのため,18歳又は19歳の者であっても,本来,推知報道は禁止されるべきであり,これを一部解除した改正法第68条には大きな問題が残されている。

さらに,本改正法の成立に際し,衆参両議院では,「特定少年のとき犯した罪についての事件広報にあたっては,インターネットでの掲載により当該情報が半永久的に閲覧可能となることをも踏まえ,いわゆる推知報道の禁止が一部解除されたことが,特定少年の健全育成及び更生の妨げとならないよう十分配慮されなければならない」旨の附帯決議がされている。

そして,このような「推知報道の禁止」の趣旨や改正法の成立経緯に照らせば,検察庁による18歳又は19歳の者に関する事件広報は,改正法の下においても,きわめて慎重かつ限定的に運用されなければならないと言うべきである。

そうしたところ,最高検察庁は,2022年(令和4年)2月8日付で「少年法等の一部を改正する法律の施行に伴う事件広報について(事務連絡)」を発出し,公判請求時の事件広報に際しては,衆参両議院の附帯決議において指摘された上記の内容を踏まえた対応が必要である旨を,各検察庁に対して周知している。もっとも,同事務連絡には,「基本的な考え方としては,犯罪が重大で,地域社会に与える影響も深刻であるような事案については,特定少年の健全育成や更生を考慮しても,なお社会の正当な関心に応えるという観点から氏名公表を検討すべきものと考えられます。」としたうえで,「例えば,裁判員制度対象事件については,一般的・類型的に社会的関心が高いといえることから,公判請求時の事件広報に際して氏名等を公表することを検討するべき事案の典型であると考えられます。」との記述もある。

しかしながら,裁判員裁判の対象事件であるからといって,その全てが「犯罪が重大で,地域社会に与える影響も深刻であるような事案」と評価されるべきものではなく,上記事務連絡も一律の公表を求めるものではない。また,本年4月1日以降,特定少年にかかる裁判員裁判の対象事件が公判請求された場合であっても,検察庁が少年の氏名を公表しなかった実例は存在する。

このように,たとえ裁判員裁判の対象事件であったとしても,検察庁には,当該事案が,果たして,少年の健全育成や更生の機会の確保を犠牲にしてまでも社会の関心に応えなければならない事案であるか否かについて,きわめて慎重な検討及び配慮が求められていると言うべきである。

 

この点,本年7月7日に公判請求された19歳の少年の事案については,地検沼津支部による氏名公表にかかわらず,各報道機関が,少年法の趣旨・目的を踏まえて推知報道の取扱に慎重な姿勢を示したことは高く評価される。

他方で,上述した少年法の趣旨・目的などに照らせば,本事案ではむしろ,検察庁での事件広報の段階から,少年の氏名の公表を控えるべきであったと言うべきであり,今回の地検沼津支部の対応は,誠に遺憾なものと言わざるを得ない。

また,検察庁が氏名等を公表したという事実は,仮に報道機関が匿名報道にとどめたとしても,一般市民に対しては「推知報道をしても問題の無い事案である」等の誤ったメッセージとして伝わるおそれがあり,結果的に,少年を推知しうる情報を含んだSNSへの投稿等を誘引する可能性があることにも配慮が必要である。

 

よって,当会は,検察庁に対し,18歳又は19歳の者に関する事件広報に際しては,推知報道が少年の健全育成及び更生に対して及ぼしうる重大な危険性を十分に認識した上,その氏名等の公表は,きわめて慎重かつ消極的な取扱とするよう強く求める。

なお,先の衆参両議院の附帯決議では「少年事件に関する事件広報に当たっては,被害者及びその家族・遺族の名誉又は生活の平穏が害されることのないよう十分配慮されなければならない」旨が指摘されており,この点もまた,検察庁及び各報道機関において,改めて十分に留意するよう求める。

 

2022年(令和4年)7月28日
静岡県弁護士会
会長 伊豆田 悦義

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