故安倍晋三氏の「国葬」に反対する会長声明 

  1.  本年7月8日の銃撃事件により死亡した安倍晋三元内閣総理大臣(以下「安倍氏」という。)の葬儀について,岸田内閣は,本年9月27日に「故安倍晋三国葬儀」との名称により国において行うことを決定した。
     しかしながら,かかる「国葬」の実施には,以下のとおり問題がある。
  2.  国が,安倍氏の葬儀を「国葬」として行うことに関する法律上の根拠に疑義がある。
    1. (1) かつて,明治憲法の時代には,「国葬令」があり,天皇や一定の範囲の皇族以外にも,「国家に偉勲ある者」に対しては「特旨により国葬を賜う」ものとされていた。
       すなわち,明治憲法下での国葬は,天皇が国民に対して下賜するものと位置づけられていた。
       しかしながら,日本国憲法の施行に際し,「日本国憲法施行の際現に効力を有する命令の規定の効力等に関する法律」が定められ,法律を以て規定すべき事項を含む命令は,改めて法律を定めない限り,昭和22年末日を以て失効するものとされた。そして,その後に国葬令に代わる法律が制定されることはなく,国葬令は失効した。
       このように,現行憲法下では,特定の個人の葬儀を国において行うことができるとする法律上の根拠は存在しない。
    2. (2) なお,1967年の吉田茂元首相の死亡に際しては,内閣の決定により国葬が行われた事実がある。もっとも,翌年の国会において,国葬実施のための予備費の支出が審議されるにあたっては,当時の大蔵大臣より,国葬について「法令の根拠はない」旨が答弁されるとともに,野党から,国葬令が廃止された現行憲法下においては,天皇崩御の場合を除いて国葬は行わないものと解すべき旨が指摘されていた。また,その当時,野党から政府に対し,吉田元首相の国葬を今後の前例にすべきでない旨の申入れがなされていたとも報じられている。
       さらに,1975年の佐藤榮作元首相の葬儀については,政府・自民党内で協議された際に,内閣法制局長官より「法的根拠が明確でない」との見解や「国葬の場合には立法・行政・司法の三権に及ぶ」との見解が示されたと報じられており,結論として,内閣・自民党・国民有志の三者が主催する「国民葬」の形がとられ,国葬は行われなかった経緯がある。
       そして,その後の首相経験者の葬儀については「内閣・自民党合同葬」の形式が主流となり,国葬が行われたことはなかった。
       これらの経緯に照らせば,現行憲法下において,法律に明確な根拠を有しない国葬の実施については,内閣の判断のみによることなく,国会を含めた議論に委ねるべき事項(すなわち,実質的な法律事項)であるとの解釈や判断が,長きにわたって維持されてきたものと理解される。
    3. (3) これに対し,政府は,国葬について,内閣府設置法第4条第3項第33号の内閣府の所掌事務とされる「国の儀式に関する事務に関すること」として閣議決定することにより,行政が国を代表して実施することは可能であるとの見解を示している。
       しかし,内閣府設置法第4条は,同法に記載された内閣の任務(同法第3条)を達成するための所掌事務を定めたものであり,同法第4条自体は,国が特定の個人の葬儀を単独で主催する国葬を実施しうるか否かの法的根拠にはなりえない。
       そして,そもそも内閣の任務の範囲は憲法により画されるところ,国葬の実施は,内閣の職務を定める憲法第73条各号のいずれにも該当しないことは明らかである。また,同条柱書の「一般行政事務」に国葬が含まれるとの解釈にも疑義がある。
       さらに,今回政府が主張するような解釈が許されるのであれば,政府は,内閣設置法を根拠とすれば,どれだけ一般市民の意に反しようとも,いかなる内容の儀式も実施できることになるが,そのような結論は「法律による行政」の原理や法治主義に違反するとの疑いを否定できない。

  3.  安倍氏の「国葬」が行われた場合,一般市民の思想良心の自由の侵害が懸念される。
    1. (1) 政府は,7月20日の会見において,安倍氏の「国葬」について「国民一人一人に喪に服することを求めるものではない。」と説明した。
       しかしながら,政府はその後,本年8月15日付の答弁書において,安倍氏の「国葬」に際して各省庁,各公署,各学校,会社,その他一般に対して,弔旗の掲揚や黙祷を捧げることについて協力を要望するかとの質問主意書に対し,「葬儀の当日における弔意表明の在り方については,現在検討しているところであり,現時点でお尋ねについてお答えすることは困難である。」と回答しており,学校や会社等を通じて,広く一般市民に対して,安倍氏への弔意表明に関する協力を要請する可能性を否定していない。また,7月に営まれた安倍氏の通夜や葬儀に際しては,政府の要請等がなかったにもかかわらず,各地の教育委員会から,管理する公立の小中学校や高等学校に対して半旗の掲揚が依頼された事実も報じられている。
       仮に,政府が国民に対して,安倍氏に対する弔意を奨励したり促したりしなかったとしても,国の儀式としての「国葬」が実施されれば,安倍氏への弔意の表明について,忖度と同調を求める動きが生じるおそれは何ら否定しえない。
       このように,政府が「国葬」を実施することによって,多くの一般市民が,学校や職場等において,特定個人に対する哀悼の意を表明することを事実上強制されるような事態を生じ,市民一人一人の思想良心の自由(憲法第19条)が実質的に侵害されることが懸念される。
    2. (2) なお,政府は,安倍氏の葬儀を国において行うとした理由について,歴代最長の期間,総理大臣の重責を担い,内政・外交で大きな実績を残したこと等をあげている。
       もっとも,安倍氏による政治活動の功罪については,現時点でなお,国民の間で評価が定まっているとは言い難い。
       そのような情勢において,政府による安倍氏への評価を根拠にして「国葬」を実施すること自体が,政府が有する政治的価値観について,それに違和感を抱く一般市民にも,事実上受容するよう強いることにもなりかねない。

  4.  安倍氏の葬儀を国において行うとした岸田内閣の決定には,以上のとおり問題があり,当会としては,安倍氏の「国葬」の実施に反対する。

 

2022年(令和4年)8月25日
静岡県弁護士会
会長 伊豆田 悦義

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