被害者等の供述が記録された媒体の証拠能力に関する刑事訴訟法改正案に対する会長声明 

性犯罪に適切に対処するための法整備の在り方に関する諮問第117号について,法制審議会が法務大臣に答申したことを受け,今国会に「刑法及び刑事訴訟法の一部を改正する法律案」(以下「改正案」という。)が提出された。

そして,改正案には,刑事訴訟法第321条の3を新設し,被害者等の供述が記録された媒体(以下「記録媒体」という。)について,伝聞法則(刑事訴訟法第320条)の例外として,条件つきで証拠能力を付与するとの内容が含まれている。

また,改正案では,記録媒体に証拠能力を認める要件として,①供述を聴取する対象者について,一定の範囲に限定すること,②記録媒体について,聴取対象者から供述を聴取する機会に,その開始から終了までの全過程を録音・録画したものであること,③供述がなされる場面について,その供述が一定の「措置」が特に採られた情況の下にされたものと認められるべきことが定められ,さらに,④当該記録媒体を取り調べた後に,訴訟関係人に対し,その聴取対象者を証人として尋問する機会を与えなければならないとされている。

しかし,この改正案には以下のような重大な問題がある。

 

①の点(聴取の対象者の範囲)について

改正案は,聴取対象者の範囲について,性犯罪の被害者や,児童福祉法や児童ポルノ処罰法の被害者に加え,「犯罪の性質,供述者の年齢,心身の状態,被告人との関係その他の事情により,更に公判準備又は公判期日において供述するときは精神の平穏を著しく害されるおそれがあると認められる者」を挙げている。これは,その聴取対象者の範囲について,対象事件を性犯罪に限定せず,また,対象者の年齢を児童に限定せず,さらには,被害者にも限定せずに目撃者等も含むものとして,供述一般について,広く新たな伝聞例外を認める内容である。

もっとも,日本の刑事訴訟における事実認定では,直接主義の原則の下,事実認定者が,法廷において供述者から直接供述を聞き,かつ,その供述が反対尋問による検証を経た上で,心証が形成されることが予定されており,また,いわゆる伝聞法則によって,公判外供述は原則として証拠能力を持たないとされてきた。このことは刑事訴訟法における証拠法の根幹をなすものであり,誤判によるえん罪を防止するための最も重要な手続的担保の一つである。

しかるに,改正案は,この原則の潜脱を広く認めうるものであって,刑事訴訟法の根幹である直接主義と伝聞法則そのものを揺るがしかねない重大な問題があるといわざるを得ない。

なお,法制審議会に対する上記諮問は,性犯罪への適切な対処のための法制度の整備を目的としていたが,改正案は,その諮問の範囲を超え,記録媒体の証拠能力の特則の適用対象を性犯罪に限らない一般的なものにまで拡大しており,刑事証拠法全体に重大な影響が及ぶものとなっている。そうであれば,今回の証拠能力に関する議論は,そもそも,性犯罪部会での課題から分離させ,別途,刑事司法改革の全体像の中に位置づけて,多方面から刑事司法や司法面接の実務・制度に見識を持つ委員らを招集し,改めて検討する場を設け,その中で議論されるべきであった。このように,改正案には,法案提出に至るまでの手続的な観点にも問題がある。

 

③の点(供述がなされる場面での「措置」の内容)について

改正案では,伝聞例外を認める要件とされる「措置」の内容として,「供述者の年齢,心身の状態その他の特性に応じ,供述者の不安又は緊張を緩和することその他の供述者が十分な供述をするために必要な措置」と「供述者の年齢,心身の状態その他の特性に応じ,誘導をできる限り避けることその他の供述の内容に不当な影響を与えないようにするために必要な措置」の2点を掲げている。また,ここでの「措置」とは,いわゆる「司法面接」と呼ばれる手法を意識したものであろうと思われる。

もっとも,そもそも「司法面接」とは,子ども(および障害者など社会的弱者)を対象に,被面接者の心理的負担に配慮しつつ,誘導その他による供述への影響を排除して,事件が何らかの作為による虚偽の話ではなく実際にあった出来事であるかどうかを検討するための精度の高い情報を得ることを目的に行われる面接手法である。また,「司法面接」は,国際的に承認されたプロトコルに従い,十分に習熟した専門家によって,上記のような目的の下に中立的に行われるべきものとされている。

しかし,改正案は,その聴取主体を全く限定しておらず,供述の聴取が中立的に行われることの担保はない。また,証拠能力を認める要件として必要とされる「措置」の内容についても,抽象的かつ曖昧な規定にとどまっていることから,「司法面接」と同等のプロトコルが遵守されるか不明であるうえ,改正案が規定する「供述者の不安又は緊張を緩和すること」や「誘導をできる限り避けること」等は,捜査機関が行う取調べ全般において当然に守られるべき事柄を挙げているに過ぎず,伝聞法則という大原則の例外を許すための要件としては甚だ不十分である。

そのため,改正案は,事実認定の適正を確保し,誤判によるえん罪を防止する観点から到底許容することができないといわざるを得ない。

 

以上のことから,当会は,本改正案が,被害者等の供述が記録された媒体に伝聞例外として証拠能力を付与するものとしている点について,強く反対する。

なお,仮に現段階で,被害者等の供述を録取した記録媒体に伝聞例外として証拠能力を付与する規定を創設するならば,①その聴取対象者を性犯罪被害者である児童に限定し,②聴取の主体を中立的な専門家とすべき規定を置き,③聴取の手法は「司法面接」の手続(すなわち,国際的な実証的研究に基づき開発された司法面接の手順)に則って実施すべきことを明記し,④「司法面接」による聴取前の段階における記憶汚染を防止するための措置を講じるとともに,聴取後も証言までの間に捜査官が聴取対象者に接触することについての制限を設けることを前提とし,さらに,⑤録取手続の適正さについて裁判の過程で検証することが可能となるような方策がとられることを強く求めるところである。

 

2023年(令和5年)3月24日
静岡県弁護士会
会長 伊豆田 悦義