最低賃金額の大幅な引上げを求める会長声明 

静岡地方最低賃金審議会は,本年8月頃,静岡労働局長に対し,本年度静岡県最低賃金改正の答申を行う予定である。昨年,同審議会は,静岡県の最低賃金を時間額913円から31円引き上げて時間額944円とする答申を行い,静岡労働局長は,昨年10月5日から,静岡県の最低賃金を同審議会の答申どおり時間額944円に改正した。

 

しかし,静岡県の時間額944円という水準は,1日8時間,週40時間働いたとしても,月収16万6144円,年収199万3728円にしかならない。仮に時間額1000円であったとしても,年収ではいわゆるワーキングプアと呼ばれる水準である200万円をわずかに超える程度にしかならないのである。

2022年,全国労働組合総連合が発表した静岡県立大学短期大学部中澤秀一准教授による全国最低生計費試算調査の結果によると,25歳単身・賃貸住居の場合,人並みの生活に必要な費用は,月約24万円と試算されており,これを時間額に換算すると,最低でも約1400円が必要である。

つまり,現在の水準では,労働者が賃金だけで自らの生活を維持していくことは到底困難である。昨今の,電気・ガス料金や食料品等の生活に欠かせない物の価格が著しく高騰(2022年12月の前年12月に比べた物価指数上昇率:電気代21.3%,ガス代23.3%,生鮮食品を除く食料品7.4%)している状況下ではなおさらである。

このように多くの非正規雇用労働者をはじめとする最低賃金付近の低賃金労働を強いられている労働者は,もともと日々生活するだけで精一杯で十分貯蓄を蓄えることができていない。

したがって,最低賃金を大幅に引き上げ,最低賃金付近の低賃金で働く労働者の貧困を解消することが求められている。

 

2023年の各国の最低賃金額をみると,イギリスでは,4月に23歳以上の者の最低賃金が9.50ポンドから10.42ポンド(約1729円)に引き上げられた。フランスでは,1月に11.07ユーロから11.27ユーロへ(約1645円),5月に11.52ユーロ(約1682円)へ引き上げられた。アメリカは,地域によって開きがあるものの,ワシントンDCでは15.20ドルから16.50ドル(約2194円),ニューヨーク州では13.20ドルから14.20ドル(約1888円)へ引き上げられた。

このように各国で最低賃金の引上げが実現していることに加え,我が国の最低賃金の水準が依然として低いことから,2023年度の大幅な引上げが必要である。

 

最低賃金の地域間格差が依然として大きく,格差が是正していないことも見過ごせない。

2023年の最低賃金は,最も高い東京都で時間額1072円であるのに対し,静岡県の時間額944円との差は128円である。一方,最も低い青森県,秋田県,愛媛県,高知県,長崎県,熊本県,宮崎県,鹿児島県及び沖縄県は時給853円であり,東京都と219円もの開きがあった。しかし,前出の最低生計費調査によれば,都市部と地方とを比較した場合,都市部に比べ,地方では家賃は低いものの生活のためには自動車が必要となることから,最低生計費は地域間でほとんど差が生じていないことが明らかとなっている。

最低賃金の高低と人口の転入出には強い相関関係があり,最低賃金の低い地方の経済が停滞し,地域間の格差が固定,拡大する傾向にある。静岡県に隣接する神奈川県と比べた場合,神奈川県の時間額は1071円となっており,その差は127円であった。静岡県熱海市と神奈川県湯河原町の県境を流れる千歳川を境に,大きな格差が生じており人材の流出・労働力不足の深刻化が懸念される。

都市部への労働力の集中を緩和し,地域に労働力を確保することは,地域経済の活性化のみならず,都市部での一極集中から来る様々なリスクを分散する上でも極めて有効である。

したがって,最低賃金の大幅な引上げによって地域経済を活性化することが求められているのであり,早期に全国一律最低賃金制度を実現すべきである。

 

他方,最低賃金の大幅な引上げは,我が国の経済を支えている中小企業に影響を与えることが予想される。最低賃金引上げに伴う中小企業への支援策について,現在,国は「業務改善助成金」制度により,影響を受ける中小企業に対する支援を実施している。しかし,その支援は未だ十分とは言い難い。最低賃金を引き上げても,中小企業が円滑に企業運営を行えるように充分な支援策を講じることが必要である。例えば,社会保険料の事業主負担部分を免除・軽減すること,原材料費等の価格上昇を取引に正しく反映させることを可能にするよう法規制することなどの支援策を検討すべきである。

 

当会は,これらのことを前提として,地域経済の健全な発展を促すとともに,すべての労働者の健康で文化的な生活を確保するため,静岡地方最低賃金審議会に対し,時間額1400円を達成すべく最低賃金の大幅な引き上げを内容とする答申を静岡労働局長に行うことを強く求める。

 

2023年(令和5年)6月22日
静岡県弁護士会
会長 杉田 直樹

 

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