死刑えん罪事件として当会が長年支援している「袴田事件」について,検察官は,本年7月10日,再審公判で有罪立証を行う方針を明らかにした。
袴田事件については,袴田巖さんが逮捕されてから実に57年,静岡地方裁判所が再審開始を決定し巖さんを釈放してからでも既に9年以上が経過しており,本件の審理は異常ともいえる長期間に及んでいる。
その理由は,他でもない,検察官が,再審開始決定に不服を申し立て,静岡地裁が5点の衣類に関連して認めた色やDNAの証拠について争い,莫大な国費を費やして,実験や意見書の作成等を繰り返してきたからである。
袴田事件における2014年3月の再審開始決定は,その様な検察官による過剰なまでの主張立証活動を経た上で,本年3月,遂に確定したものである。
再審開始決定確定までの間についても,2020年の最高裁決定は,検察官の即時抗告を容れて再審開始を認めなかった東京高裁決定を取り消し,審理を東京高裁に差し戻したのであるが,この時の5名の最高裁裁判官のうち2名が,これ以上再審請求の審理に時間をかけてはならず,差戻しではなく直ちに再審開始を決定すべきである旨の異例の反対意見を述べている。これほどまでに,袴田さんの有罪は揺らいでいたのである。
その最高裁決定から,更に2年以上の月日を費やして,検察官は色問題を争う主張立証を行った。上記の再審開始決定は,その様な検察官の主張立証を踏まえた上で確定したものである。
ところが,今般,検察官は,不服申立手続において9年以上にわたって主張立証を尽くしてきた上記証拠を巡って,更に別の意見書などを作成させて争う方針を明らかにした。
この様な検察官の態度は,著しく正義に反するというほかない。なぜなら,検察官が9年以上前の再審開始決定を争わずに,再審公判において主張立証をするのであればまだしも,本件では,上記に述べた通り,既に検察官は同様の争点について過剰なまでの主張立証を行って来たのであり,それを又もや再審公判で繰り返すことは不当な蒸し返しと評価するほかはないからである。
87歳の高齢である袴田さんにとって,このような蒸し返しの審理によっていたずらに時間を費すことは,袴田さんに残された貴重な人生の日々を愚弄するに等しく,到底許されざる行為である。これは,2011年9月に策定された「検察の理念」で最高検察庁が高らかに打ち上げた「基本的人権を尊重し」,「公正誠実に職務を行い」,「自己の名誉や評価を目的として行動することを潔しとしない」等の理念に真っ向から反するものである。
袴田事件の再審公判は,袴田巖さんの雪冤のみならず,国民の司法に対する信頼がかかっている。
よって,当会は,検察官に対して,再審公判における有罪立証の方針を撤回し,裁判所の迅速かつ公正な再審公判の審理に協力することを,強く求める。
同時に,静岡地方裁判所刑事第1部に対しては,袴田事件に対して,速やかに公開の法廷での裁判を開始した上で,公平・公正な訴訟指揮の下,一日も早く,袴田巖さんに正当な判決を言い渡すように求めるものである。
静岡県弁護士会
会長 杉田 直樹
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