- 3月15日、政府は「心神喪失等の状態で重大な他害行為を行った者の医療および観察等に関する法律案」(以下政府案という)を閣議決定し、現在開会中の通常国会にて、その立法化に向けた審議が行われている。
治療が中断したり、適切な治療が受けられないなどの事情により、精神障害が悪化した場合に時として起こる不幸な事件を防ぐことは、かかる不幸な事件による被害者にとってはもとより、本人にとっても、広く社会にとってもきわめて重要であることは論を待たない。 - しかし、この政府案は、「再び対象行為を行うおそれ」を要件としての期限の定めのない強制入院、3~5年にわたる強制通院といった処遇制度を創設し、地方裁判所に設置する裁判官および精神保健審判員からなる合議体が裁判することとするもので、実体的にも手続き的にも、精神障害者の人権の見地から見過ごすことのできない重大な問題を含むものと言わざるをえない。
「再び対象行為を行うおそれ」は「再犯」のおそれにほかならないものであるが、再犯の危険性予測は、医学的にもきわめて困難なものとされていて、その予測の信頼性はきわめて乏しい。
また、統計的にも精神障害者の犯罪に当たる行為は一般市民のそれに比べて発生率、発生数ともに高くはないし、再犯率にいたっては極端に低いといわれている。
しかし、政府案では、それを理由としての無期限の入院、身柄拘束が可能とされている。不確実な再犯予測を前提に精神障害者にのみ無期限の身柄拘束を許すこと自体、許容しがたい人権侵害をもたらすと言わざるをえない。
また、政府案は、事実の取調、責任能力の有無の認定に際し、憲法31条以下の適正手続の保障を認めていないなど重大な問題をはらんでいる。精神障害の治療という観点からは、政府案の言う重大な他害行為を行った精神障害者と他の精神障害者の間で違いはないと言われている。
しかるに政府案は、重大な他害行為を行った精神障害者を入院、通院において他の精神障害者から分離して処遇しようとしている。
こうした分離施策は、治療上問題が生じるということだけでなく、刑事政策の一翼を担う保護観察所の観察の下におくこととあいまって、精神医療をゆがめ、精神障害者の人権を踏みにじり、精神障害者に対する差別と偏見を助長するものとなりかねない。 - 日本弁護士連合は、本年4月19日理事会決議において、この法案の廃案を求めるとともに、精神障害によって時として起こる不幸な事件の発生を防ぐには、入院中心主義、民間依存体質といった世界的に遅れている日本の精神医療の現状を地域精神医療充実の方向に大きく変換することが急務であることを指摘し、あわせて事件を起こした精神障害者に対する早期、適切な治療が提供できるような刑事司法の改革の方策を提示した。
精神障害による時として起こる不幸な事件を防ぐ道は、「危機介入」につきるといわれている。
その意味では、地域における精神医療と福祉が社会と連携して、人権に配慮した地域精神医療体制を確立することこそ、これ以上の不幸な被害者を出さないためにも急がれなければならない。
静岡県弁護士会は、そうした根本的対策をなおざりにしたまま精神障害者の人権を踏みにじり、差別と偏見を助長しかねない政府案に反対し、今国会でこの法案を廃案とすることを求めるとともに、日弁連意見書にそった根本的改革実現のため全力を尽くすことをここに表明するものである。
2002年(平成14年)5月21日
静岡県弁護士会
会長 塩澤 忠和
静岡県弁護士会
会長 塩澤 忠和