平成11年8月に改正された住民基本台帳法に基づき、本年8月5日から全国の市町村(「特別区」を含む。以下同様)が主な責任主体となっての「住民基本台帳ネットワークシステム」(以下「住基ネット」という。)の稼働が予定されている。
しかしながら、現段階で実施されようとしている住基ネットには、以下の点で深刻な問題があり、その施行は延期・凍結されるべきである。
- 「住基ネット」は、国民全員に11桁の番号を強制的に割り振り、国民の個人情報をコンピューターで一元管理しようとするものであるが、特定の国民ひとりひとりに共通番号をつけて行政が個人情報を管理することは、特定の個人の情報の名寄せを技術的に容易にし、将来的には、国民一人一人の一挙手一投足を国家が監視、管理、統制する国民総背番号制度へのマスターキーとなるおそれがあることから、日本弁護士連合会は、その住民基本台帳法の改正自体に反対の意見表明をなしてきた。
政府も住民基本台帳法改正が、国民のプライバシー保護に深くかかわることから、その国会審議において、改正法施行の前提条件として、個人情報保護法制の整備を確約し、改正法の付則にもその趣旨がうたわれた。
しかしながら、今国会に提出された行政機関が保有する個人情報保護法案は、行政機関相互間での、行政の個人情報について住民票コードによる名寄せを容認し、実質的な規制を放棄したに等しいものであるという重大な欠陥のあるもので、今国会での審議は見送られる情勢となっている。
行政による個人情報の収集と悪用のおそれは、現在問題となっている防衛庁の情報公開請求者に対する違法な個人情報収集リスト問題からも明らかである。
このような状況下での「住基ネット」の施行は、深刻なプライバシーの危機を生むおそれがある。 - 確かに、住基ネットの稼働により、あらゆる官庁の膨大な量の個人情報を統合して管理することが可能となり、行政は、国民一人ひとりの情報をいつ、如何なるときでも瞬時に検索することが可能となり、行政の効率化は革命的に増大することになる。
しかし、他方で、それが濫用された場合には、国民のプライバシーに対する侵害も従来とは比肩し得ないほど甚大となる。 - 現在すでに、行政がもつ個人情報は市場に出回り、行政機関からの個人情報漏洩の不祥事は後を絶たない。
このような状況下で住基ネットを稼動させるためには、住基ネットのセキュリティ、情報漏洩の防止に万全を期さねばならないが、このセキュリティを高い水準で市区町村、都道府県、地方自治情報センター、出先を含む国の省庁など関係全機関において維持することは、技術的にもコスト的にも極めて困難である。
日本弁護士連合会が昨年12月に実施した全国の市町村に対するアンケートの結果でも、「住民にとってメリット(利点)がある」と答えた市町村はわずか19%にすぎず、住基ネットを稼働させるための準備も決して整っているとは言い得ない。
よって、静岡県弁護士会は、住基ネットをこのまま施行することに反対せざるをえない。本年8月に予定されている住基ネットの実施は、少なくとも延期されるべきであり、可及的速やかに、その施行を延期・凍結する立法がなされるべきことを求める。
政府は、住基ネットの導入に関する住民基本台帳法改正当時の国民への公約を遵守して、プライバシー侵害から国民を守るだけの充分な内容をもった行政機関を対象とする個人情報保護法制を整備し、その上で全国の市町村の実情を調査し、実情を踏まえ、コスト面でもプライバシー保護面でも問題のない高度情報化社会におけるデジタル化された個人情報の利用と規制の方法についての、十分な国民的議論を踏まえた法制度のありかたを再検討すべきである。
2002年7月1日
静岡県弁護士会
会長 塩沢 忠和
静岡県弁護士会
会長 塩沢 忠和